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「気になる!くまもと」Vol.1008

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0128508 更新日:2022年3月10日更新

1枚の落ち葉に命を吹き込む
唯一無二の“折り葉”のアート

ORIHA

渡邊さん親子の写真

1枚の落ち葉から生まれたとは思えないほど、躍動感あふれる生き物たち。熊本市在住の切り絵・折り葉作家の渡邊義紘(わたなべ よしひろ)さんは、12歳の頃に「熊本市現代美術館CAMK」の開館記念展「熊本国際美術展:ATTITUDE 2002-心の中の、たったひとつの真実のために」でデビューして以来、これまで20年にわたり多くの作品展に出展してきた。自閉症である彼の制作活動を支えてきた母・渡邊仁子(わたなべ もとこ)さんは、長年親子を追ってきたカメラマン白木世志一(しらき よしかず)さんとともに、2021年12月23日に初の作品集『ORIHA』を出版。現在に至るまでの親子の歩みを伺った。

自閉症の息子のためではなく
自分が後悔しないために生きる

始まりは、1枚のクヌギの葉から。ハサミで葉の周りのギザギザの部分を切り落とすと、その後は接着剤もハサミも一切使うことなく、時折息を吹きかけながら、指先で瞬く間に折り上げていく。幾重にも折り重ねられた落ち葉は、乾燥しすぎてしまったらパキンと折れてしまうし、湿りすぎていても跳ね返してしまうのでうまくはいかない。義紘さんが手元の葉に時折息を吹きかけるのは、葉の表面の水分量を調整しているのだという。
加減を指先で測りながら、ものの10分足らずで形を成していく生き物たち。差し出された手のひらの上には、マッチ箱ほどの大きさの動物たちが、確かに“居る”のである。どこをどのように折っていけば、このような造形になるのか。その手順は、義紘さんの“感覚”の中にあるのみだ。

渡邊さんの写真

渡邊さんが作品を作っている写真
義紘さんは、2歳の時に自閉症と診断された。仁子さんは、自閉症にまつわるあらゆる医学書を読み漁ったという。「結果的に“治らない脳の不具合”だということがわかっただけでした。息子には、物事を言葉で説明しても理解できるものではないということも。ひと通り悩んだけれど、“この子のために”と思うことは、子どもにとっても正直、負担ですよね。だから、自分自身が息を引き取る時に後悔が少なくて済むように、動けるうちにできる限りのことをしよう。そう開き直ることにしたんです」と当時を振り返る。

息を吹きかけて作品を作る様子

ORIHA作品の写真
自他との境界が薄く、興味のあるものに対しては一直線。自閉症特有の症状は、周囲を驚かせることもしばしば。味覚が過敏で、2歳〜9歳までの7年間、ほとんど食べ物を口にせず仁子さんを悩ませた。
そんな中でも仁子さんは「何か得意なことがあるなら、10歳までに見つけて、それを伸ばしてあげたい」と、思いつく限りの体験教室に通った。そこでどんなものに興味を示すのか、つぶさに観察し、義紘さんの中にある潜在的な能力を見出すヒントを得た。

作品を作っている写真

蜘蛛の作品
教室では毎回、やり方を仁子さんが覚え、義紘さんに伝えることからはじめた。「自閉症の子は、自分の興味があることしか興味を示しません。その代わりに一旦興味を示すと、もう私の手元は見ていなくて、どんどん自分でその先を進めていくんです」。


切り絵を始めたのは、10歳の頃。2次元から、3次元の立体を生み出すことに長けていた義紘さんにハサミを渡すと、迷うことなく紙の上を滑らせては、一筆書きのように生き物の造形を描いていった。モチーフとなるのは、これまで幾度となく観察してきた生き物たち。あちこちの動物園やTV番組で観た生き物たちの詳細は、義紘さんの脳内に鮮明に刻まれている。

類まれな造型力と卓越した観察眼で
物言わぬ生き物たちに光を当てる

切り絵と同様に折り紙も得意だった義紘さん。「『日本折り紙協会』に通い始めたら、追いつけないくらいに上達していました。折り図が300もあるような折り紙を私は徹夜してもできなかったけれど、義紘に渡したらあっという間に折り上げてしまった。専門家に聞くと、図通りに折っているかどうかはわからないけれど、生来の造形力を持っているのだろう、とのことでした」。義紘さんは、次第に身の回りにあるもので自然と生き物の造形を作るようになっていた。

義弘さんの作品の数々

きり絵の作品
今回、作品集をリリースした折り葉は、義紘さんが通う養護学校の校庭にあった、一本のクヌギの木の下で生まれた。義紘さんが12歳の時だ。折り葉は、落ち葉が枯れ切ってしまわない、初冬からほんのわずかな期間だけ制作する冬限定のお楽しみ。シーズンになると近所の山を歩き、ちょうどいい大きさや形、枯れ切っていない絶妙な頃合いの落ち葉を手触りで確かめながら拾い集めていく。
「私たちだって、キャラメルを食べた後の包みや割り箸の袋を思わず折ってしまうことがありますよね。義紘の折り葉もその延長線上にある、言うなれば“てままんご(手遊び)”みたいなものなのかもしれません」。

作品集ORIHA

ORIHAのページ
作品集は県内の「TSUTAYA書店」をはじめ、「楽天ブックス」「KINOKUNIYA WEB STORE」「HMV&BOOKS online」「TOWER RECORDS ONLINE」「熊日サービス開発ネットショップ」のホームページより購入できる

有名になりたいわけじゃない。
ただ、こんな人もいると知ってほしい

親子二人三脚で育んできた作家生活だったが、義紘さんが20歳を迎える頃、突如暴れるようになったと言う。「遅い反抗期だったんだと思います。本人の中にもアンバランスな心身に対するジレンマがあったのかもしれません。それまでは本当に大人しい子でしたから、私もずいぶん混乱しました。いつ落ち着くのか、先の見えない状態で薬の服用もしてみましたが、創作意欲もなくなりすぐに中止しました。“どんな状態でも受け入れるしかない“。そう覚悟しました」と仁子さん。

作品制作の様子

作品の数々の写真
最近は、家事とマネージャー業の合間を縫って、作品整理に精を出しているという仁子さん。
積み上げられた作品の中には、仁子さん自身の作品も!実は仁子さんも、アーティスト気質なのだ。

すると26歳を迎える頃には、症状が緩和されてきたのだという。「自閉症は見た目ではわかりません。吃音(どもり)もあり、うまく言葉も話せず、声も大きいのでトラブルになることも多々あります。最近は、メディアに出たことで“あの人知ってる!”と周囲の理解を得られるようになりました。それだけで救われます」と話す仁子さんは、何かあった時にもすぐに駆けつけられるように、片時も携帯電話が手放せないという。「思った通りにはいかないことが大半です。それでも、できる限りのことをやる。健常な子も、障害のある子も、苦労の量は同じで、悩む箇所が違っているだけだと思います。子どもを育てるということは、容易なことではありませんよね」。
母親として、マネージャーとして、仁子さんが義紘さんと向き合い、培ってきた絆がかけがえのない命が輝く瞬間を生み出していることは確かだ。

【DATA】
「ORIHA」渡邊義紘作品集

問い合わせ先: 096−361−3274 (熊日出版)
発行:渡邊仁子
出版年月日:2021年12月23日
定価:2200円