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「気になる!くまもと」Vol.991 高橋尚子さんインタビュー

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0100028 更新日:2021年6月17日更新

やさしさが、心のバリアフリーになる。

​​高橋さんの写真

高橋さんの写真2

 たとえばいま、目の前に階段があるとき、段差の多いでこぼことした道路やせまい駐車場を見たとき。「さて、この“バリア”をどう解決したらいいだろう?」。そんな風に思うことができるだろうか。一人の力では道路を整備することができなくても、障がいのある方が使いやすい広い駐車場を増やすことが難しくても、「あの人の力になりたい」という強い思いは行動に変わり、「バリアフリー」へつながる。「“心のバリアフリー”とは、“人のやさしさ”のこと。人のやさしさに救われて背中を押された私が、これからつくっていきたい世界です」。事故によって車いす生活をおくる高橋尚子(しょうこ)さんが模索し辿りついた、世界を変えられるかもしれない“きっかけ”の話。

高橋さんの写真

いつかまた自分の足で歩きたい

 事故から10年経ったいまも、週に1度のリハビリをずっと続けている。その理由は、「自分が歩きたいのはもちろん、両親にもう一度歩いている姿を見せたいから」。そう思えるまでには、ある程度の時間が必要だった。高校3年生の1月、全日本卓球選手権大会の帰り道に交通事故に遭った。頸髄を損傷し、鎖骨から下が麻痺し、突如として始まった車いす生活。「私はもう歩けないの?」。入院先の病院で、思わず母親にそう尋ねた。自立神経の機能も失い、青春のすべてをささげてきた卓球選手になる夢が潰(つい)えてしまった。東京でのひとり暮らしや福岡での入院生活を経て、熊本に戻ってきてからは特に、心が前向きになれない時期が続いた。「21〜23歳くらいの頃は、事故の直後や入院していた時よりも気持ちが沈んでいました。大好きな卓球もできなくなって、生きる意味ってあるのかなって…」。

高橋さんの写真

1993年、山都町(旧 上益城郡矢部町)生まれ。17歳の時に不慮の事故により車いすに。フリーのウェブデザイナーとして働きながら、2019年8月にバリアフリープロジェクト「くまバリ」をスタート。Youtube「しょうこちゃんねる」など動画配信に力を入れてきた。

 やりたいことや、やってみたいことはたくさん頭に浮かぶのに、なかなか行動に移せない自分。そのモヤモヤを打破してくれたのが、ある美容師さんとの出会いだったという。「その美容室は2階にあったのに、車いすごと私を持ち上げて店まで運んでくださったんです。『運ぶよ』って。なかなか外出するのも気が引けていた時期に、本当に忘れられない出来事になりました。実は以前東京に住んでいたときに、美容室の入店を断られた経験もあったから。目の前に階段という“バリア”があるのに、こんな風に人の優しさで、一瞬にしてバリアがなくなることを実感できた。日常に何らかのバリアを感じながら生きている方や、小さな段差ひとつ越えるのが大変な方がいること。その事実を知ってもらうことで、何かが変わるかもしれない。 この“心のバリアフリー”で解決できるバリアもあるかもしれない。発信やつながりを通してこのことを伝え続けていきたい、もっと広めたいと思ったのはこの時からです」。

「知る」ことで、世界は変わる。

高橋さんと中川さんの写真

今年3月、「くまバリ」は「株式会社 CREIT」へと新たに生まれ変わった。ビジネスパートナーの中川典彌(ふみや)さん(右)とともに、「誰かの、何かのきっかけになる」ことを目指す。 

 2019年8月に高橋さんが発起人となって立ち上げた「くまバリ」は、「くまもとバリアフリープロジェクト」の略。もともとは熊本のバリアフリー化を目指してwebサイトを制作する予定だったが、動画クリエイターの中川典彌(ふみや)さんとの出会いにより、動画中心の発信にシフト。このことが大きな転機になった。「くまバリ」の一環で2020年1月に開設したYoutube「しょうこちゃんねる」では、家族や仲間の協力を得ながら企画・撮影・編集までをすべて自分で行ない、リアルな“車いす女子の暮らし”を発信している。2021年6月現在、チャンネル登録者は6万人を越え、再生回数はトータル840万回以上! 日本中からコメントが届く人気チャンネルになった。「もし一人で『くまバリ』を始めていたら、動画を使うことはなかったと思いますね。Youtubeを通してできたたくさんの出会いや学びは宝物です。もちろんコメントも全部読んでいます!」。最近では「東京2020オリンピック」の聖火ランナーとして玉名市を走った動画が大きな話題を呼んだが、排せつ障害について語った動画の反響も大きかったという。語り口は淡々としながらも、その動画を通じて心のバリアフリーを世界に広めたいと願う彼女の意思を感じられる。

 「くまバリ」のPV(プロモーションビデオ)撮影を依頼したことが縁で、ビジネスパートナーとなった中川さんとともに、今年3月に「株式会社 CREIT(クレイト)」を設立。「誰かの、何かのきっかけをつくる」を理念に、バリアフリーを通じてつながった人たちとさまざまなプロジェクトを進めていきたいと中川さんは話す。「最初に『心のバリアフリーが当たり前の社会をつくりたい』と話す高橋さんと出会った時から、何か力になりたいと思ったし、“当たり前の社会”って何だろうってずっと考え続けています。正直、福祉やバリアフリーに対してほとんど知識はなかったけど、いまはもっと知りたいし、勉強したいって思っています。動画発信で全国の方とコミュニケーションをとったり、聖火ランナーに挑戦したり、会社を興(おこ)したり…たくさんの人を巻き込んで、一歩一歩バリアを超えてゆく高橋さんを見ていると、人生の大切なことに気づけたんですよね。何より、僕自身が変わるきっかけをもらいました」。「知る」ことで、世界は変わる。知らないことを知ることは、きっとすべてのきっかけに通じている。その最初の一人が、高橋さんにとっては中川さんであり、中川さんにとっては、高橋さんだったのだろう。

靴下の写真

化粧品の写真

「CREIT」では現在、複数の会社と商品開発に取り組んでいる。誰もが安心して使えるように、ふたりの視点を取り入れた靴下や美容アイテムなどを企画中。

バリアフリーの先にある未来へ。

 高橋さんと話をしていると、聞き慣れた「バリアフリー」という言葉の、本当の意味を考えることにもつながっていく。 “ある人にとっては使い勝手がよくても、ある人にとっては悪い”ということがあり、たとえば段差や階段の整備など、物理的な問題を解決するには、とにかく時間がかかることも教えてくれた。だからこそ、“心のバリアフリー”を広めたいのだと。かつて、美容師さんが階段の下から車いすの高橋さんをひょいと抱えてくれた時。その瞬間、ふたりの目の前に立ちはだかった“階段”は、確かに消えたはずだ。心の置き場所ひとつで、階段も、段差も、どんな壁もきっと無くすことができる。そのことを、彼女はたくさんの仲間の力を借りながら、ありったけの方法で教えてくれる。

高橋さんと中川さんの写真

Youtube「しょうこちゃんねる」<外部リンク>