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「気になる!くまもと」Vol.1003

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0119688 更新日:2021年12月23日更新

オトナの本気が未来を創(つく)る!
山の都のはたらき方

山都でしかの三人の写真

「MARUKU」代表・小山さんの写真

矢部町、蘇陽町、清和村の3町が2005年に合併して誕生した山都町。“山の都”の名の通り、有機農業の盛んな町であることをご存知だろうか。そして、今この町を舞台に活躍の場を広げる「株式会社山都でしか」とITベンチャー企業「株式会社MARUKU」。農業を軸とした活動と、IT技術で地域の課題解決に挑む両者は、一見相容(あいい)れない存在のようだが、実際に町を訪れてみると、商店街の店から店へと挨拶を交わし合うような気の置けない関係性が構築されていた。それぞれの活動に対する思いに耳を傾けると、今の山都町が見えてきた。

農業で町をデザインする
プロフェッショナル集団

「山都町の有機農業は、50年近い歴史があります。火山灰と混ざりあったミネラル豊富で虫がつきにくい土壌や、緑川や御船川の源流となる水が湧く恵まれた自然環境があったからこそ、昔ながらの農業を続けて来れたのだと私は感じています」と話すのは、「山都でしか」の代表・八田祥吾(やつだしょうご)さん。将来的に農業を生業にすることを目標に、大学卒業後から出版社や種苗会社などで経験を積み、今から7年前、36才の時に山都町にUターンし、実家の農家を継いだ。

「山都でしか」は、町の農業講座で出会った若手農家や飲食店、経営コンサルタント、イラストレーターなど、山都町に拠点を構える有志たちとともに、地域の“人財”や“食財”を生かすことを目的として、2017年に設立。現在は、農業体験や食育活動、農泊、人材育成、イベント企画や動画制作、経営サポートまで、幅広い分野の活動を行っている。中でも次世代を担う子どもたちに農業の魅力を伝える食育事業は、特に力を注いでいる活動の一つ。「山都町にある小・中学校全9校で、“有機を学ぶ週間”として7日間、有機栽培の食材を使った給食を提供する食育活動を行います。全国ではなかなかできない取り組みを、山都町だからこそできるフットワークの軽さで実践していきます」と意気込みを語る。

「山都でしか」のロゴの写真

「山都でしか」のロゴが表すものは“夜明け”。多彩なスペシャリストたちが組織として活動することで、個々の限界を突破し、地域の新たな可能性を切り開く。

「ここから始めようとしている町の未来に僕はワクワクしています。“また来たい!”と言ってもらえる瞬間がたまらなく嬉しいし、仲間が畑でうれしそうに仕事をしている光景を見ると幸せですね」。
「山都でしか」の活動を通じて、子どもたちが大人になって外の世界を経験した後に、故郷を思い返して“山都に帰るのもいいな”と感じられるような故郷であり続けること。「外からの“気づき”を得たり、イメージしたものを力を合わせて実行に移すことをやっていく中で、街の中に山ほど眠っていたものが輝き始めました。これまで衰退していくしかないと思っていた地方の町にも可能性はある、と今は本気で思えます」。ワクワクに満ちた明日を生きるために、山都でしかできないことをあらゆる角度から形にしていくのが、「山都でしか」の“志事”なのだ。

“買う”側から“作る”側へ。
音楽を奏でるように農業を楽しむ

​ 「よかったら葉の真ん中あたりの新芽を食べてみてください」と促され、人参の葉を畑の真ん中で噛み締めると、フレッシュなハーブのような香りが弾ける。「人参は元々せり科の野菜。葉の部分はそのまま食べても美味しいんですよ」。畑の真ん中で思いがけない体験をさせてくれたのは、「山都でしか」のメンバーで、有機の学校を運営する「NPO法人ORGANIC SMILE」の副理事長・鳥越靖基(とりごえやすき)さんと岸智恵(きしちえ)さん。東日本大震災を機に、“買う”だけの生活に限界を感じて“作る”側になることを決意。「移住 有機農業」で検索してヒットした「山都」の2文字だけを頼りにこの場所へやってきた。​

今でこそ地方移住や新規就農を生き方の選択肢にあげる人も少なくないかもしれないが、当時は全くと言っていいほど有機農業も移住も情報がなかった。農業は全くの未経験だった二人。当初は、山都町に住む場所さえ見つけることができずにいたという。「住むところを探したくても不動産屋がない。今みたいに役場に移住窓口もなければ、知り合いもいない。畑を借りるなんて遠い夢のようでした」。それでも最初は西原村から通いながら、耕作放棄地を耕し、地域の役員を務め、祭りごとには欠かさず参加することで少しずつ声をかけてもらえるように。なぜそこまでして山都で農業を?と尋ねると「農業は地域あってこそ。地域の皆さんと一緒になって汗をかき、思いを知ってもらった上で、日々協力してもらわなければ何もできないことを日々実感しています。山都の自然環境が本当に有機農業にとって恵まれた土地で、人や土地も含めてこの場所に敬意を感じるからですね。」と岸さんは話す。

畑の土の写真

長年、耕作放棄地だった畑は、今やフカフカの絨毯(じゅうたん)のように柔らかい。豊かな土壌は、地域の財産。その財産を最大限に生かす農業をモットーに取り組んでいる。

ここでの暮らしに手応えを感じ始めたのは、5年前。「山都でしか」のメンバーと出会ってからだという。「有機野菜は、環境要因が大きいと言われてきたけれど、その土地の土を分析して、作物に必要なエネルギーを計算して、必要な分だけ有機肥料を足す。天候が悪く光合成量が落ちても、しっかりと土づくりをしておけば、作物は根からエネルギーを吸い上げ育つ。どんな土壌でも挑戦でいる有機農業こそ、僕らから次世代に伝えたい農業の形です。地域の資源をエネルギー化する農業の視点からみると、阿蘇からのミネラル豊富な火山灰が飛来し、フカフカの土壌が自然と育まれてきた山都町は、とても恵まれた土地なんですよ」と鳥越さん。山都の有機農業の在り方と自ら理想とする有機農業を融合させてきた二人は、気付けば新規就農を希望する移住者たちを受け入れ、山都での農業の在り方を教える側になっていた。​

ニンジンの写真

鳥越さんが副理事長を務める有機の学校「ORGANIC SMILE」が生協とタッグを組んだ1年間のカリキュラムの農業講座が来春開講。新規就農者は知識から実践、販売まで一貫して学ぶことができる。有機農業に興味を持った人たちが、山都町のことを目に留めてくれた時、シンプルに農業を楽しめる環境があれば、農業の間口はもっと広がっていくはずだ。
「僕らにとって農業は音楽そのもの。イマジネーションを論理的に分析して形にしていくニンジンは、譜面を踊る音符のように見えるし、野菜の味わいや栄養価はメロディで畑は五線譜。僕らはその土の声に丁寧に耳を傾けながら、チューニングしていけばいい。そんな感覚でこれからもシンプルに農業の喜びを表現していきたいですね」。

NPO法人オーガニックスマイルのお二人の写真

【DATA】
山都でしか
所 上益城郡山都町大平301-1
Tel 0967-82-2200
HP https://www.yamatodesica.com/<外部リンク>
Facebook https://www.facebook.com/yamatodesica/<外部リンク>

“熊本のGDPを1%底上げする”
IT技術で地域に寄り添う挑戦者

山都町と八代市、東京に3つの拠点を構えるIT企業「MARUKU」。代表・小山光由樹(こやまみつゆき)さんと山都町の出合いはひょんなところから始まった。広告代理店を経て単身カナダへ渡り、帰国後SNSの事業を東京で展開していた小山さんが、福岡で開催したデジタルマーケティングのセミナーに山都町の「通潤酒造」の広報担当者が出席した時のこと。熊本地震で被災した「通潤酒造」から再起をかけてSNSの販促強化を図りたいと申し出があったのだ。200年以上続く酒蔵を知るために、小山さんは1泊2日で山都町の視察に訪れた。屋根が落ちたままの家屋や、商工会の青年部との意見交換をする中で感じた言い表せない無力感。飛行機の中から見たブルーシートの海。誰かがやらなければ、この街は潰れてしまうかもしれないー。空港に着く頃には、小山さんの中で山都町が“自分ごと”になっていた。

「打ち合わせに訪れた町の実態に愕然(がくぜん)とした自分もいましたが、それと同時に大胆で潔い町の人々が持つ本質的な優しさと強さも感じました。1泊2日の打ち合わせを終えるころには、この街に自身のビジネス人生を賭けてみたい、そんな気持ちになったんです。そこから本気でやるなら拠点を構えないと意味がない、とつながりのあった起業家や企業人に声をかけ、山都町に『MARUKU』を立ち上げました」。ここから小山さんの山都町と東京の2拠点生活が始まった。

早速、これまで培ってきた経験と知識を盛り込んだIT戦略を役場に持ち込み、プレゼンした小山さん。初回の手応えは、ゼロだった。「この街に来た当初、“宇宙人”と呼ばれていたそうです」と苦笑する。瞬発的に自分の意見をまとめて言語化することが得意だった小山さんは、伝えたいことを相手にどう言えば伝わるのか。自身の知識をわかりやすい言葉に置き換え、理解を促すチャレンジの連続だったという。「山都町では毎年9月に八朔祭りがあるのですが、前夜祭は赤フンドシで街中を練り歩くんです。僕が初めて赤いフンドシを巻いてもらったのも、通潤酒造の山下社長でした。最初はためらっていたけど、思い切って参加したらめちゃくちゃ楽しかった!ここまでインパクトのある経験は今までの僕の人生にはなかったですね」。

MARUKUの小山さんと通潤酒造の山下社長のお写真

MARUKUのご近所さんで、山都町とのご縁を運んでくれた「通潤酒造」の山下社長とのツーショット

株式会社MARUKU・代表小山さんの写真

地域を100%受け入れながら、自身の思いを伝えていった小山さん。2017年には熊本県との立地協定を締結。山都町のデジタルアドバイザーに就任。5年目を迎えた現在は、県内の企業誘致と集積に尽力している。デジタルチェックインサービスやデジタルスタンプラリー「mawaru」などの自社サービスも並行して行っている。今後は、ワーケーション事業を展開し、企業の地域理解も促す方針だ。「5年間で熊本のGDPを1%底上げすることが目標」と語る小山代表の挑戦は止まることを知らない。
縁もゆかりもなかった地域に、ここまで本気になる理由を尋ねると、「長年、東京の市場をベンチマークしたアプローチを続けてきました。都市部は飽和状態にある中で、地方との格差は広がる一方だと感じていて。そんなときに得た山都町との縁は、僕にとって地方と都市のデジタルデバイドへの挑戦であると同時に、山都町で過ごす時間は、いつでも温かさをくれるもの。経営者として疲れたとき、ここに来ればいつでも本来の自分に立ち返ることができる。貴重な存在になっていますね」。クールな経営者の視点と、エモーショナルな一面が垣間見える。培ってきた知識や技術ありきの関係性ではなく、人として地域と向き合う。ITも農業も、信頼文化の上に成り立つもの。地方創生の鍵は、山の都の働き方にある。

株式会社MARUKUのオフィスの写真
【DATA】
株式会社MARUKU
所 上益城郡山都町浜町53-2(本社)
Tel 0967-72-9190(代表)
HP http://maruku.biz<外部リンク>

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