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「気になる!くまもと」Vol.1002

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0118350 更新日:2021年12月9日更新

観光の「一歩先」に踏み込んで、地域に触れるきっかけづくりを。

トレイルランニングの写真

株式会社ローカルゲインの佐藤さんの写真

美しい自然が広がる山道を、ランナーたちが颯爽(さっそう)と駆け抜ける「トレイルランニング」。近年、SNSなどでたびたび目にしていた光景は、外出することすらはばかられる日常の中で、どこか遠い世界のようにまぶしかった。コロナ禍においてひときわ輝きを増すトレイルランの世界。その魅力を知るため、「株式会社Local Gain(ローカルゲイン)」の佐藤雄一郎(さとうゆういちろう)さんの元を訪ねた。

トレイルラン、肥後こま、農業… 多様な働き方で「地域創生」の道を拓く

ジュラシックトレイルの写真

“トレイル”とは、林道や山道、砂利道など、未舗装の道を意味する。ランナーたちがフィールドと向き合いながらゴールを目指すトレイルランは、熊本において、地域と人を結ぶ新たな接点のひとつとして存在感を増している。

2020年に会社を立ち上げ、これまでに「南阿蘇カルデラトレイル」や「御船ジュラシックトレイル」など、県内外で地方の魅力を生かしたトレイルランのイベントを手掛けてきた佐藤さんは、地域の魅力を掘り起こすスポーツイベントの担い手として注目を集めている。

「僕自身、中学1年生から大学まで陸上部でマラソンをやってきました。そんな中でもトレイルランは、“人間の本能ってここまで動くんだ”という大きな気づきがあって。獣道を走ることで、かつての人間はこうだったのかなと想像を巡らせることがとても楽しいし、一歩一歩確認しないと、危ないからとても神経を使う。だからこそ人間の脳に刻み込まれた“野生”に働きかけることができると思います」とトレイルランの魅力を語ってくれた。

南阿蘇カルデラトレイルランの写真

株式会社ローカルゲインの佐藤さんインタビューの写真

社名の「ローカル(地域)・ゲイン(前進)」には、スポーツイベントを通じて都市と地方をつなぎ、地方が前進する一助を担うという思いが込められている。

 

一方で、佐藤さんは熊本市の無形文化財に指定されている「肥後こま」のパフォーマーとしても活動している。「きっかけは、小学校2年生の頃に祖父に『肥後ちょんかけごま』を教えてもらったことです。現在は双子の弟と『肥後こま・佐藤兄弟』として一緒に活動しているんです」。佐藤さんの弟は、肥後こまの職人でもあり、これまでにもおふたりは「肥後ちょんかけごま」のパフォーマーとして、全国メディアでたびたびその腕前を披露してきたという。

熊本の伝統芸能をどうすれば若い世代にも訴求できるのかと考えた結果、4年前にはプロモーションビデオを撮影。それまで単独で披露していた技を、音楽に合わせて披露することでその華麗な技の数々を世界に打ち出した。「肥後こまや、トレイルランのように、ちょっと磨けば光るコンテンツが、“どうすれば、輝きを放つか”を考えるのが好きなんです。」

肥後こまパフォーマンスの写真

先月はバラエティ番組に出演、プロモーションビデオがきっかけの1つになったという。

以前、当サイト(2021年9月2日号)でも紹介した、マラソンの父・金栗四三翁と同じく和水町出身の佐藤さん。東京の大学に進学し、卒業後は東京や大阪を拠点に広告業界で実績を積んだ。多数のプロジェクトに携わる中で、地方創生の可能性と必然性を感じ、6年前に帰熊。中学時代から大学時代まで、マラソンに打ち込んでいた佐藤さんは「地域創生」を主たる目的とした会社を立ち上げた。

トレイルランニングの様子の写真

同法人では、早くも3回目の開催を終えた「南阿蘇カルデラトレイル」をはじめ、トレイルランを中心に地域に特化したイベントを手がけてきた。さらに今年は実家の田んぼを受け継ぎ、初めての米作りにも挑戦。「南阿蘇のイベントを実施するまでに、何度も阿蘇に通うなか、自然が人の営みによって保たれていることを学びました。未経験の米作りに挑戦してみようと思ったのは、食べ物を育てる人たちへのリスペクトがあったから。阿蘇での経験が大きかったですね」と語る。アウトドア企画、肥後こま、農業と3足のわらじを履くことが、佐藤さんなりの地方創生だ。

田園風景の写真

「イベントの少ない6月が田植えの時期だったので、父の遺したノートを見ながら自分にも農業ができるかもしれないと挑戦してみました」と佐藤さん。自分で育てた新米は格別だったとか。

地域が抱える出口のない課題は スポーツ化して解決することができる

そもそも地域のフィールドを自らの足で歩むことは、地域の魅力や課題を知ることと同義だ。そんな中から「未舗装の道を車で走ったら楽しいだろうな」と思いついた発想から、阿蘇の野焼きの前段階である防火帯の中を4WD車で走行するイベントを企画したことも。普段は、家畜疫病対策上、草原への侵入は禁止されているが、防火帯を車で踏むことで草刈りに要する労力を軽減する役割を担う。​

4WD走行中の写真

「阿蘇の草原を守るために必要な野焼きですが、大変なのは当日の野焼きよりも防火帯を作る作業なんだそうです」と佐藤さん。地域の課題をイベント化して発信する仕掛けだ。

 

放棄竹林の問題解決にと、山鹿のタケノコ堀りのイベントも手掛けた。「地中に深く埋まったタケノコ掘りは重労働で、担い手不足から放棄された竹林がたくさんある。放置されたままだと竹が杉林まで侵食してしまうんです。そうした地域のネガティブな問題をイベントにできないの?と言う発想から企画したイベントでした。かぐや姫が出てきそうなきれいな竹林が、人の手が入ることで本当に輝きだす。山鹿は、他県の方から見ても良質なタケノコが採れるんです。掘ったタケノコは、竹林で調理して食べました」。​

タケノコ堀りの写真

地域のトーンやペースに合わせることを大事にするのが、佐藤さんの仕事術。

 

「少子高齢化で人口減少する地方都市を維持しようとしたら、1人が2〜3つの役割を担う、もしくはあらゆるものを機械化しない限りは保てないですよね。とはいえ、農業や伝統や文化は容易に機械化できるものではないと僕は思います。地方の課題を、今の世代に合わせて、リターンを得ながら、いかに仕事としてやっていくか。マーケットとフィールド(地域)を照らし合わせながら、そんなことをいつも考えています」。

地域の景色と食を楽しみながら、自分の体を動かすこと。それは、これまでの観光とは一味違った形で、地域の文化に触れることを意味している。「直近では、令和2年7月豪雨で球磨川での災害の痕跡を辿る「KUMAGAWA  REVIVAL TRAIL」を企画サポートしています。球磨川は、災害によって暴れ川というネガティブなイメージが付いてしまっている部分もあると思いますが、地元の方は「母なる川」と呼んでいて、球磨川があったからこそ自分たちの日々の営みがある、そんな風に受け止めているんです。そういう局面をイベントを通じて発信していけたらいいなと思います」。

球磨川トレイルランの写真

「KUMAGAWA REVIVAL TRAIL」は、2022年3月5日(土曜日)~6日(日曜日)にかけて開催予定。全長101キロメートルと167キロメートルの球磨川沿いのコースを用意している。全国から約500名が参加する予定だとか。

「今後は、熊本県でオンリーワンでナンバーワンのイベントをいくつ作れるか? に挑戦していきます。阿蘇にはトレイルランニングや自転車に最適な環境があります。また、球磨郡水上村にはこれ以上ない陸上の環境があります。熊本は、九州の真ん中でアジア圏も近く、環境のポテンシャルも高い。もっといろんな角度で楽しめるんです。魅力的なフィールド(地域)と企画力を掛け合わせて、どんどん化学反応を起こしていきたいですね。地域が抱えるネガティブな課題は、全部スポーツに変えてしまえばいいと思うんです」と真っ直ぐに話す佐藤さん。

「朝4時半起きで満員電車に揺られて通勤していた時代があるからこそ思えることかもしれませんが、農業をしたり、一芸を磨いたり、趣味を本気の仕事にしたり。働き方ももっと多様でいいと思うんです。これから先、自分のような働き方をする人がもっと増えたらいいなと思います」。地域を訪れ、食を知る。するとその先にある人が居て、土地の文化に触れることができる。走ることで文化に触れれば、愛着が生まれる。佐藤さんは、これからも観光の一歩先にある地域に触れるきっかけを作りに挑み続ける。

 

【Data】

株式会社 Local Gain

https://local-gain.com/

トレイルランのゴールの様子