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「気になる!くまもと」Vol.1001

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0126965 更新日:2021年11月25日更新

​視覚に障がいのある方に、読書の楽しさを。
聴覚に障がいのある方と、支え合う喜びを。

101歳の音訳ボランティア、牧勝美さんの写真

手話サークル「わかぎ」の二人の写真

視覚、聴覚に障がいのある方々が、それぞれの方法で自分らしく豊かな生活をおくるために。「音訳」と「手話通訳」という専門フィールドで、その橋渡しをしている人々がいる。

目の不自由な方に声を届け続ける、
101歳の音訳ボランティア。

古い辞典や、専門書が山のように積まれた机の上には、ずいぶんと年季の入ったパソコンがあった。音訳ボランティアの牧勝美(まきかつみ)さん、101歳。慣れた手つきでキーボードを操作し、録音マイクに向かって声を入れた。その語り口に、迷いや淀みはほとんどない。65歳からボランティア活動を始め、やがて37年になる。

音訳ボランティアは、視覚に障がいのある方のために、活字で書かれている書籍や雑誌、新聞、漫画などを音声化するボランティアのことだ。牧さんは熊本バス常務を退任後、県点字図書館(熊本市東区)を通じてこの活動をスタートした。音訳の“先輩”となったのは、妻である光枝(故人)さん。きっかけは、「これまでずっと暇がなかったのにそれだけたくさんの本を読んできたのだから、引退したらどれだけ本を読むのですか?」と投げかけられた、皮肉とも冗談ともいえる光枝さんの一言だった。牧さんは、自他ともに認める“本の虫”。音訳ボランティアの活動は女性が多く、宗教・哲学や政治経済などの専門書の音声化を担う人が足りないからと誘われたことも、趣味を生かすきっかけとなった。

牧さんの写真

2021年12月に102歳の誕生日を迎える牧さんは、過去に内閣府から緑綬褒章(りょくじゅほうしょう)を受賞。今も毎日5〜6時間は自宅で音訳作業を行っている。

これまでに専門書を中心に、1170冊以上の書籍を音訳してきた牧さん。単純計算すると、年間約30冊もの音訳に取り組んできたことになる。「一般的には“音訳”という言葉も、あまり聞きなれないですよね。朗読との違いをよく聞かれますが、朗読は、読む人の“調子”というものがあらわれるでしょう。ところが音訳は、自分の感情を込めたりなんかはしないんです。速度はニュースキャスター並で意外と早い。文字が、するすると耳に入ってくるように、忠実に、淡々と読むのがコツです」。

音訳データがカセットテープからCDへ移行し、録音機もアナログからデジタルへ。実はそのタイミングで音訳から離れた高齢者の方も多かったそうだが、牧さんは「まだ世の中の役に立ちたい」と中古のパソコンを購入し、デジタル録音機に対応するために新しい講習に参加し、一から録音作業を覚えたというから頭が下がる。これまでと変わらず1冊1冊の本と向き合って、自らの声で「知」を届けてきた牧さんの歴史が、継がれた瞬間だった。

録音機の様子
時間に換算すると、実に1万1200時間を音訳に費やしてきた牧さん。
その音訳数は、点字図書館内でも突出しているそう。

録音機の写真

下読みをし、アクセントやわからない言葉を辞書で調べ、間違いがあると何度も録音をし直す。取材時に音訳していた本で、1176冊目。


現在はコロナ禍で開催されていないが、点字図書館ではこれまで年に1度、利用者とボランティアの交流会が行われていた。互いに読んだ本の感想を語り合ったり、感謝の言葉をかけられたりと、貴重な時間を過ごしてきたのだそう。約40年にも及ぶ活動について牧さんは、「最初は5〜6年くらいで辞めると思っていたんですよ。でも音訳ボランティアは、間違いなく私の心身の健康につながっている」と晴れやかな笑顔をみせてくれた。

「間違いなくこの活動が、社会の役に立っているという実感があるんです。家内のおかげで音訳と出合ったことで、自分が好きなこと、やれることで世の中の役に立っていることが、非常にありがたいと思いますね」。

知識を深めたり、人生を豊かにしたり、未来への可能性を感じたり…。世界を広げる読書の喜びを、すべての人に。ここ熊本で牧さんの声は、時代を超えて聞き継がれる。

本棚の写真

音訳をしている様子の写真

「姿勢を正して声を出すこと、辞書を引くことが健康につながっている」と牧さん。
日本語以外にも、英語・フランス語・ドイツ語などの外国語の辞書も多用している。

音訳ボランティアまきさんの写真

耳の不自由な方と対話を重ねる
手話サークル「わかぎ」。

1969年3月。熊本県初の手話サークルとして誕生した「わかぎ」は、全国ろうあ者大会のボランティア養成を目標の一つとして設立された。現在は創立50年を超え、熊本、八代、玉名、人吉・球磨、天草、水俣、阿蘇、宇城、荒尾、鹿本、菊池の11のサークルに分かれて多様な活動を行なっている。「耳の不自由なろう者とともに歩むこと」を活動の第一方針とし、手話を学ぶだけでなく、聴覚障害に対する理解を深め、お互いが情報交換を行いながら、サークル活動を継続している。

「サークルの会員数は約300人。主婦層が多く、女性の会員さんが8〜9割です。耳の不自由な方への交流支援のほか、学校関係や医療関係の現場などにおける通訳の依頼も受けています。」と、事務局長の森さんは笑顔を見せてくれた。

医療や教育関係、役所での手続きなど、当事者や関係者からの手話通訳の派遣依頼は県全体で年間4000件にものぼるという。またそれとは別に、講演会や選挙の立会演説などの公的機関や団体からの依頼も多いのだとか。県内に11ある各手話サークルの活動日は週に1度だが、上達のきっかけは、やはり「毎日話すこと」。外国語習得と同じだ。

手話サークル「わかぎ」の写真
手話通訳士であり「菊池わかぎ」会長の丸山真由美(まるやままゆみ)さん(左)と
熊本県手話サークル「わかぎ」事務局長兼「鹿本わかぎ」会長の森保夫(もりやすお)さん。

森さんの写真
森さんが手話をはじめたきっかけは、「簡単な会話でもできれば」という思いで奥さんが参加した手話講習会に、一緒に参加したことだという。


「たとえば病院だと、聞こえない方とドクターの間に立ち、ドクターからの説明を聞こえない方へ“手話”でお伝えする。そして聞こえない方の手話を“言語”としてお届けする。そんな橋渡しをしています」。丸山さんは手話通訳のプロフェッショナルとして、公私問わずあらゆるシーンで通訳を行い、コミュニケーションを支える「手話通訳士」だ。

高校生のとき友人に誘われ、地域の手話講習会に参加したことをきっかけに、手話と出合った。介護などで一時離れていた時期もあったが、約40年もの間、手話通訳に関わり続けている。「地域によっても、置かれた状況によっても、聞こえない方、お一人おひとりの表現方法は千差万別。皆さんにどう伝えるか、どんな表現をされているかを理解することは、なかなか難しいことです」。

丸山さんの写真
厚生労働大臣認定の「手話通訳士」の資格を取得し、(一財)熊本県ろう者福祉協会の認定通訳士でもある丸山さん。菊池地域の「派遣担当」として、手話通訳派遣のコーディネートも担当している。


耳の不自由な方と交流を重ねるうちに、手話通訳士にチャレンジしたいと思うようになり、猛勉強の末に合格。どんな思いでこれまで通訳に携わり、耳の不自由な方を支えてこられたかを尋ねると、「私たち通訳士が耳の不自由な方を“支える”というより、“支えてもらってきた”と思うんです」と意外な答えが返ってきた。「たとえば災害時。熊本地震の時なんかはずっと耳の不自由な方たちと一緒にいたんですが、心を支えてもらったのは私のほうなんですよ」。

2016年の熊本地震。未曾有の災害で混乱が続くなか、森さんの元には「無事なので安心して」と、わざわざ自転車で駆けつけてくれたろう者の方もいたという。「あの時は本当にほっとしました。特に障がいのある方は最新の情報が届きにくく、災害時に不利益を被(こうむ)りやすい。私たちがお一人おひとりのお話を聞いて、被災状況の確認をしたりもしました」(森さん)。

森さんと丸山さんが手話をする様子の写真

手話は、手や指の動き、顔の表情を使って思いを伝える“目で見る言葉(視覚的言語)”だ。耳の不自由な方との相互理解は、まず手話を覚えることから始まる。森さんは、ただ表現された言葉を読みとることだけでなく、その方の抱えている背景、つまり何らかの問題に気づき、寄り添うことまでできたらいいと考えている。「耳の不自由な方は、目に見える不利益だけでなく、他にも色々な要因を抱えていることがある。その相談の場が、まだまだ少ないのではと思いますね」。

一方で「耳の不自由な方が話す手話の素晴らしさを知ってほしい」と話すのは丸山さんだ。「皆さん趣味が豊富で、話題が豊かで、とてもすてきなんです。そんな話を聞かせてもらうことが何より嬉しいですね。たとえば魚釣りをしてきたときの状況なんかを話してくれたとして、もう映画のように一瞬で映像が浮かんでくる方もいらっしゃる。お話が、とても上手ということなんです」。

県わかぎ交流会の写真

2019年6月期の「県わかぎ交流会」の一コマ(提供写真)

 

手話と情報を交換しあいながらコミュニケーションをとり、理解を深めるのが手話サークル「わかぎ」の重要な活動だ。「通訳機能を担ってはいますが、私たちは通訳団体ではありません。手話を通じて、交流を重ねながら、少しでも社会参画のお手伝いをしたいのです」(森さん)。

手話は、言語。インタビューを終えたあと、秋晴れの公園で。さっきより生き生きと、豊かな表情で会話をする2人の笑顔が、いつまでも胸に焼きついている。

気になるくまもとの手話の写真
「気になる!くまもと」を手話で表現していただいた。(左が「気になる」の手話、右が「くまもと」の手話)。