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第13回 「電話」(後編)─さらに使えるようになった道具です─

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0074859 更新日:2020年10月1日更新

熊本県立美術館だより「View Vol.175」より

前回までのあらすじ

 特別展「画家たちの上京物語」の出品作品借用のため、関東方面へと出張したH田。彼はN通の美術品専用車(通称“美専”)とともに各地で作品を集荷し、岡山を目指して南下していた。しかしH田が東海地方での借用のため某駅に降り立った時、彼の携帯電話が鳴り響く。台風8号(アジア名“ノグリー”)が北上中との連絡だったのだ。このままでは今後の借用・輸送業務に支障が生じてしまう!突然のトラブルに、H田はノグられかけていた…


 駅前で待ち合わせたN通さんの美術品専用車に同乗した私は、直ちに車内会議に入りました。「どどどどうしましょう?狸が、狸が来ますゼ!」「へ?狸?」「ノグリーっスよ、ノグリーがノグりに来るんスよ!」「言ってることがよくわかんないんスけど…」「台風!アジア名!ノグリー!!“ノグる”ってのは今俺が考えた新しい言葉!」「ああ、台風ですか。まぁ、どうにかなりますよ」「でもそれじゃ相手先に伝えられんスよ!なんせ狸っスよ!ノグリーっスよ!」「そうっスねえ」「“そうっスねえ”って…」なんともN通さんは悠長な感じ。それもそのはず。N通さんやYマトさんなどは、踏んでいる場数と修羅場具合が我々とは違うのですから。
 そもそもこの日、美専は東海から岡山まで直行するのではなく、夜は愛知の輸送拠点に一泊する予定でした。ノグリーは既に宮崎を抜け中国地方に向かっており、同日夜には近畿地方に上陸するとの見通しでしたので、その点では少し安心です。問題はノグリーのスピードが緩み、翌日朝に近畿・東海地方に上陸した場合。N通さんと美専は愛知の拠点で雪隠詰めになってしまいますし、さらに下手をすると展覧会の開会を1日後にずらさざるを得なくなってしまうのです。中国地方に台風が上陸する前に東海から岡山まで走ってもらう、という手も無きにしもあらずでしたが、スピードを上げたノグリーと兵庫あたりで出くわしてしまったら、もう目も当てられません。これはもう、当初の予定で行く他ないようです。
 そのような結論に至った我々は、もしもの場合にはさらに1日愛知の輸送拠点に美専を留めさせてもらうよう電話で懇願。以上の方針を当館に報告・相談したうえ、返す刀で借用済みの他館、及びこれから借用する他館にも連絡。「大丈夫です、コレコレこうします。何かあったらすぐにご連絡しますので」と説明はしたものの、自分でも半信半疑だったことは公然の秘密ですが、この時ほど携帯電話のありがたみを感じたことはございません。
 私も当初の予定通り、一足先に新幹線で岡山へと向かうことに。東海地方での某館での借用を済ませ、新幹線に飛び乗りました。どうやら九州新幹線は既に運休になっている模様です。JR岡山駅に降り立った後は、夕食代わりの総菜パンを片手にむんずと握りしめビジネスホテルにチェックイン。雨風ともに強くなってきていました。ノグリー、やはり来ているのです。N通さんから愛知の拠点に到着したとの連絡を受けたのは、その後まもなくだったように記憶しています。それからというもの、私はベッドの上で膝小僧を抱えながらテレビの台風情報をチェック。ルートは瀬戸内海側に逸れつつありますし、速度も上がっているようです。「よっしゃ!行け!いてまえ!…ええっ!そっち来ちゃうの?」といった一人芝居をホテルの一室で繰り広げながら、岡山の夜はエキサイティングに更けてゆくのでした。
 そして迎えた翌日。気が付けば私はわが子を看病する母親のポーズで眠っておりました。ただ一つ異なるのは、ベッドにわが子がいないこと、そして総菜パンの袋が散らばっていることです。…おや小鳥が鳴いている。カーテンを開けると、窓の外には見事な晴天。なんのことはない、ノグリー様は深夜のうちに伊豆半島の向こう側まで抜けて下さっていたのです。N通さんとは同日昼に岡山駅付近で落ち合いましたが、彼らの顔に「ホレ見たことか」「騒ぐなボケ」と書いてあったことは、言うまでもありますまい。
 さて、ここで一つ携帯電話に関して訂正しなければならないことがございます。確か以前私は、「調査の際に携帯のカメラで作品を撮影しようものならこの業界から静かに抹殺」云々と書いてしまっていたと思います。しかしこれは大きな誤りだったのです。
 このことに気付かされたのは、他館の学芸員さんが調査のために当館にいらした時でした。この方、アッ●ル社製のアイ●ォーンを取り出して作品の撮影を始められたのです。どれ一つ皮肉を言ってやれ、と生やしてもいない顎髭をいじりながら「ほほう、●イフォーンですか」と話しかけたところ、その方は「ええ、コレ便利なんですよ」と事も無げに返答されます。「キサマぁ‼それでも帝国軍人…」と危うく私の中のケンペー君が目覚めかけましたが、よく考えてみれば、確かにこれは合理的でした。
 近年、スマートフォンのカメラは大きな進化を遂げ、画質も大幅に向上しました。さらに、撮影した画像は、Wi-Fiに接続すれば、自動でクラウドに保存されるのです。これは単に保存の手間が省けることだけを意味するものではありません。よしんば私が沖縄でコミュニティFMを開局すべく突如退職してしまったとしても、調査画像は自動でクラウドに保存されるため、成果は別の学芸員に引き継ぐことだってできてしまうのです。このことに気が付いた時、私の中のケンペー君は急に終戦を迎え、「おきゅぺいど・じゃぱん最高っス!」とばかりに、合理性に首(こうべ)を垂れてしまいました。以後私もマネして調査の際にはスマホのカメラを使用するようになりましたとさ。O川美術館のO木さん、あなたの事ですよ

(林田龍太)