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球磨川流域の治水の方向性について

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0072640 更新日:2020年11月30日更新

知事コメント全文

1.はじめに                                       

 2008年9月11日、この本会議場において、その決断の重さを感じながら、川辺川ダム問題に関する私の考えを表明しました。

 それから12年余りが経過した本日、同じ議場において、私自身が決断した問題に再び向き合うことに、重大な責任と、運命にも似た「使命感」を持ち、この場に立っています。

 これより、「球磨川流域の治水の方向性」に関する私の考えを、改めて述べさせていただきます。

 

2.12年前の決断                                

 私が、2008年4月に熊本県知事に就任し、直ちに取り組んだ重要課題が「川辺川ダム問題」です。

 1966年の建設計画の発表から40年以上が経過し、それでも解決の糸口が見出せず、ダムの是非を巡る地域の対立は、深刻な状況にありました。
 そこで、「就任後、半年で結論を出す。」と自ら退路を断った上で、有識者会議を直ちに設置し、国内外を代表する方々に多様な御意見をいただき、川辺川ダムを建設するか否か、熟慮に熟慮を重ねました。
 会議では、それまでの基本高水の「数値の正しさ」に力点を置いた議論から脱却し、「ダムによって得られるメリットやデメリットはどういうものなのか」「地域の将来像をどうしたいのか」という視点を提供していただきました。
 その上で、有識者からいただいた御意見は、「河川工学の観点からは、抜本的な対策を実施する場合には、ダムが最も有力な選択肢である」というものでした。

 一方で、「治水」の観点だけに限らず、球磨川が地域の「誇り」として、住民の暮らしに根付いていることに気づき、私は、「球磨川そのものが地域の守るべき宝」ではないかと考えるようになりました。

 「過去の民意」は、水害から生命・財産を守るため、ダムによる治水を選択しました。しかし、12年前、流域住民の声に耳を傾けたとき、「当時の民意」は「ダムによらない治水」を望んでいると判断しました。

 そこで、川辺川ダム計画を「白紙撤回」し、ダムによらない治水を極限まで追求すべきとの考えを表明しました。

 白紙撤回を表明したのち、直ちに国・県・流域市町村で「ダムによらない治水を検討する場」を立ち上げました。検討を進める中にあっても、地域の理解が得られた対策については、順次、事業を進め、県の基金を活用した防災・減災対策も進めて参りました。

 また、ダムによらない治水を極限まで追求するため、新設のダム以外の方法で、引堤、堤防のかさ上げ、遊水地、放水路、市房ダムの再開発などを組み合わせた10案についても検討を進めてきました。

 しかし、この10案については、事業費が莫大であること、工事期間も長期に及ぶことなどから、実施に向けた治水対策として、流域の皆様と共通の認識を得るまでには至りませんでした。
 

3.「令和2年7月豪雨」の発生                         

 そのような中、この度の「令和2年7月豪雨」が発生しました。

 我々の想定をはるかに超える凄まじい豪雨は、一気に球磨川やその支川に流れ込み、甚大な被害をもたらしました。

 川のせせらぎを間近にのぞむ温泉旅館は、一瞬のうちに、濁流に飲み込まれ、水が引いた後には、見渡す限りの土砂やがれきで埋め尽くされていました。

 地域を支えていた商店や工場なども浸水し、生活の基盤である「住まい」とともに、「生業」までも奪い去ってしまいました。

 この惨状を目の当たりにし、改めて、自然の脅威を痛感しました。

 ダムによらない治水の検討を進める中で、この度の被害が発生し、65名の尊い命が失われ、2名の方が行方不明となっておられることに、知事として重大な責任を感じております。

 改めて、この度の豪雨災害の犠牲になられた方々、被害を受けられたすべての皆様に、お悔やみとお見舞いを申し上げます。

 そして、決して取り戻すことができない命の重みを考え、私は、二度とこのような被害を起こしてはならないと固く決意し、一日も早い復旧・復興を果たすことを心に誓いました。

 

4.豪雨災害の検証                                  

 被災者の住まいと生業の再建を目指す中で、その前提となるのが、球磨川流域の治水の方向性です。

 その方向性を決めるには、まず、今回の豪雨災害について、科学的・客観的に検証することが必要と考え、国・流域市町村とともに「令和2年7月球磨川豪雨検証委員会」を立ち上げました。

 この検証で、球磨川流域の各地点において、観測史上最高の水位が確認されました。

 また、今回の流量は、人吉地点で治水の目標とする毎秒7千トンを大幅に超える、だれもが予測できないものでした。

 仮に川辺川ダムが存在した場合の効果については、人吉地点において、市街地の浸水範囲を6割程度減少させ、水位を約1.9m低下させることが確認されました。

 しかし、現行の川辺川ダム計画だけでは、今回の被害をすべて防ぐことはできないとの試算も示されました。

 今回の検証について、私は、データ分析に基づく浸水想定と、実際の洪水痕跡を重ね合わせて比較するなど、国土交通省において、丁寧かつ客観的な検証結果を示していただいたと受け止めています。

 

5.「現在の民意」を確認する必要性                      

 その後、私は、流域すべての市町村を対象に、30回にわたり、市町村長、関係団体、事業者、住民の皆様、さらには、川辺川ダム建設に反対する団体の皆様とお会いし、直接、治水の方向性や復興に向けた課題、思いを伺って参りました。

 また、私に届いたお手紙や提案書、新聞への投書についても自ら目を通し、あらゆる「民意」と向き合って来ました。

 50年以上に及ぶ議論を踏まえた上で、「現在の民意」を汲み取り、治水の方向性を決断することが、知事としての私の使命です。

 今回の決断に当たっても、12年前と同様に、あるいは、より丁寧に、私自身が見渡せる限りの「民意」を汲み取り、知事の責任と覚悟で、決断いたします。

 

6.流域の皆様から寄せられた思い~「球磨川への愛」          

 流域の皆様と意見交換を行う中で、強く訴えられたのは、「一日も早く安全な地域を創り上げてほしい」「二度と水害に遭わないようにしてほしい」という思いです。
 ダムに関しても、「流域の安全を確保するためには川辺川ダムを造るしかない」という御意見、反対に、ダムが環境に与える影響を懸念し、「ダムによらない治水を進めるべきだ」という御意見もいただきました。
 そして、どの会場でも寄せられたのが、球磨川に対する「深い愛情」です。「球磨川は悪くない」「球磨川の清流を守ってほしい」と語られる姿に、胸が熱くなりました。

 また、「ダムの議論の前に、被災者の生活再建など、今やるべきことがあるのではないか」という厳しい御意見もいただきました。

 しかしながら、「球磨川流域の治水の方向性」が決まらなければ、住まいや生業の再建はできません。元の場所での再建、あるいは宅地のかさ上げ、高台への移転などを検討できないからです。

 さらに、球磨川沿いを走る国道219号や流された多くの橋梁、JR肥薩線など、地域の重要な交通網の復旧に着手することができず、復興まちづくりは、さらに遅れることになります。

 小此木防災大臣と訪ねた仮設住宅で、住民の方から「元の場所に建て直して良いのか分からない」「治水計画を早く作ってほしい」という切実な訴えをお聞きしました。

 再建に向けた被災者の苦しい状況を一日も早く解消したい、それが私の思いです。

 治水対策や復興に向けての考え方は様々であり、すべての方を満足させることは難しいのかもしれません。

 しかし、私自身が持ちうる最大限の力で、皆様の声を受け止め、一人でも多くの方に御理解いただける方向性を見出すことが、知事としての務めだと考えています。

 

7.「現在の民意」について                             

 さて、これより、球磨川流域の治水の方向性に関する、私の考えを述べさせていただきます。

 長年に及ぶ過去の歴史を振り返り、まず私が心に誓ったことは、ダム建設を巡る地域の「対立」を再び引き起こしてはならないということです。

 この気持ちを第一に、これまで流域の皆様の御意見や復興への思いに耳を傾け、対話を重ねて参りました。

 その中で、「現在の民意」は、「命」と「環境」を守ること、つまり、「命と環境の両立」だと受け止めました。これこそが、すべての流域住民に共通する「心からの願い」ではないでしょうか。

 この二つを両立させることは容易ではありませんが、是非とも成し遂げなければならないと考えています。なぜなら、球磨川と住民が共生する姿こそが、球磨川流域の魅力であり、これから先も、この地域を支える大きな力になると確信しているからです。

 

8.決断と表明                                     

 「命」と「環境」を守り、両立すること、この願いを極限まで突き詰めたとき、これまでの「ダムか、非ダムか」という二項対立を超えた決断が必要です。

 私は、その答えが、河川の整備だけでなく、遊水地の活用や森林整備、避難体制の強化を進め、さらに、自然環境との共生を図りながら、流域全体の総合力で安全・安心を実現していく「緑の流域治水」であると考えます。

 そこで、長年にわたり、地域を二分してきた「川辺川ダム問題」について大きな決断をすることにしました。

 私は、ここに、特定多目的ダム法に基づく現行の貯留型「川辺川ダム計画」の完全な廃止を国に求めます。

 その上で、「緑の流域治水」の1つとして、住民の「命」を守り、さらには、地域の宝である「清流」をも守る「新たな流水型のダム」を、国に求めることを表明いたします。

 

9.決断の理由                                    

 流域住民の皆様の思いを伺っていく中で、先ほども述べました「命と環境の両立」、つまり、その両方を守ってほしいという願いが、私が感じ取った民意です。この「民意」が、私が今回の決断を行った最大の理由です。

 また、4人の識者からは、専門的な見地に基づく御意見をいただきました。
 具体的には、第一に、ダムの効果が過大に検証されているのではないかという御意見、第二に、ゲート付きの流水型のダムとすることで、環境への影響を大幅に下げることができるという御意見、第三に、洪水調節の開始流量を大きくすることで、環境への影響を抑えることができる、また、ダムを設計する技術者が環境への愛情を持つことが必要だという御意見、第四に、今後は地球温暖化の影響による「不確実性」に備えた治水計画が必要といった御意見をいただきました。

 これらの御意見を聞いて、知事として、ダムの効果を過信することはできないが、被害防止の「確実性」が担保されるダムを選択肢から外すことはできないと判断しました。さらに、ダムを流水型にすることで、環境に極限まで配慮することができると考えております。

 また、先月26日には、五百旗頭真座長から、「くまもと復旧・復興有識者会議」における議論をまとめた提言書をいただきました。

 この提言の中で、「ダムを排除せず、すべての減災手法の有効性と限界を科学的に検証し、コストも考慮して、持続可能なベストミックスを求めるべきだ」、さらには、「単に水害からの復旧を求めるのではなく、緑豊かな地域の特性を活かして“熊本独自のグリーンニューディール”を目指すべきだ」という復興の哲学が示されています。
 こうした「住民の願い」や「識者の提言」を踏まえ、私は、「緑の流域治水」の取組みの1つとして、平時には流れを止めずに清流を守り、洪水時には、確実に水を溜める「流水型のダム」を加えることが、「現在の民意」に答える唯一の選択肢だと確信するに至りました。

 

10.直ちに取り組む治水対策                          

 ただ、「新たな流水型のダム」を含む「緑の流域治水」に直ちに取り掛かったとしても、その効果が十分に発揮されるまでには、相当の期間を要します。

 今回のような想定を超える豪雨、さらには、それさえも上回る豪雨は、いつ、どこで起きても不思議ではありません。まさに、私たちにとって、現実の脅威となっています。

 そのため、早急に行うべき事業は、躊躇することなく、重点的かつ確実に実施して参ります。

 年度内の早い時期には「緊急治水対策プロジェクト」を策定し、国や市町村との連携のもと、支川を含む河床の掘削、堤防や遊水地の整備、宅地のかさ上げ、高台への移転、砂防・治山事業など、今すぐに行うべき対策を徹底して実行します。

 また、今回の検証や識者との意見交換で明らかになった初動対応、つまり、「命を守る行動」についても、流域の市町村や、住民の皆様の力を結集し、取り組んで参ります。

 

11.忘れてはならない出来事                        

 私が、このような決断をする背景には、決して忘れることができない話があります。それは、14人の方が亡くなった球磨村渡地区の特別養護老人ホーム「千寿園」でのことです。

 早朝、河川が氾濫する中、施設の職員、さらには駆け付けた地域の皆様が、懸命に救助を行われました。しかし、氾濫した豪雨は、利用者が集まる1階に一気に流れ込み、2階に避難することが、最後の手段となりました。

 駆け付けた住民の方が、目の前の高齢者を抱え、2階に上がろうとされました。その瞬間、まだ下の階で待たれている御自身のお母様の姿が見えたそうです。

 「次に戻ったら、必ず助けるから」、まさにそのようなお気持ちでおられたのだと思います。

 しかし、次の瞬間、助けに向かうはずだったお母様は濁流に飲み込まれ、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

 今回の豪雨で亡くなられた方は、それぞれが大切な御家族であり、地域にとってかけがえのない存在です。この災害がなければ、御夫婦やお子様、お孫様とともに、今も穏やかな暮らしを続けておられるはずでした。

 こうした何気ない日常や幸せを守ることが、なぜできなかったのか。この多くの犠牲に報いるために、私たちは何をしなければならないのか。この思いが、今も私の心に問いかけてきます。

 

12.「命と環境の両立」に向け、国に求めていくこと                    

 私は今回、「新たな流水型のダム」を含めた「緑の流域治水」を進めていくことを決断しました。

 「新たな流水型のダム」は、安全・安心を最大化するものであるとともに、球磨川の環境に極限まで配慮し、清流を守るものである必要があります。

 この点を、流域の皆様に確認していただくためにも、客観的かつ科学的な環境への影響評価が必要であり、「法に基づく環境アセスメント、あるいはそれと同等の環境アセスメント」の実施を国に求めて参ります。

 併せて、球磨川の環境に極限まで配慮し、清流を守る「新たな流水型のダム」として整備が進められているのか、県や流域市町村だけでなく、流域住民の皆様とも一体となって、事業の方向性や進捗を確認していく仕組みを構築して参ります。

 また、今回のお聴きする会で、流域住民の皆様が、いわゆる「緊急放流」に大きな恐れを抱いていることが分かりました。

 このため、ダムの効果やリスクについての正しい理解を流域の皆様からも得られるよう、説明責任を果たして参ります。

 

13.新たなスタートの日                               

 私は、今回の決断を以て、今日のこの日を、球磨川流域の創造的復興に向けた「新たなスタートの日」にしたいと考えています。

 この決断により、住み慣れた家での暮らしや生業の再開に不安を感じていた方にとっても、安心して再建に着手していただけると考えています。

 また、JR肥薩線や国道219号など、交通インフラの復旧の方向性が定まり、被災した地域や産業の再生に向け、大きく前進すると確信しています。

 まもなく公表する「復旧・復興プラン」において、球磨川流域の方々が住み慣れた地域で「夢」と「誇り」を持ち、将来にわたって生活できるよう、具体的なビジョンと方策をお示しいたします。

 

14.五木村の皆様への思い                            

 今回の決断に際し、私は、川辺川ダム問題に長年翻弄され続けてきた五木村の皆様のことが、頭から離れることはありませんでした。

 できるだけ早く、私自身が五木村に伺い、村民の皆様や地域を翻弄してきたことへのお詫びと、今回の決断、さらには五木村の振興に向けた決意について、直接お伝えしたいと思います。

 村民の皆様が、これから先も、末永く五木村で暮らしていけるよう、水没予定地や周辺地域の振興について、これまで以上の責任と覚悟をもって取り組むことを、改めて、お約束いたします。

 

15.結び~日本の治水をリードする「球磨川モデル」へ           

 知事の役割は「民意」を受け止め、未来に向けた「決断」をすることです。

 今回の決断により、これまでの「対立の歴史」に決着をつけ、「安全・安心な暮らし」と「球磨川・川辺川の自然と恵み」を、次の世代の子どもたちに引き継いでいきたいと、心から願っています。

 そして、この決断は、100年後の球磨川流域、さらには熊本県にとって、必要不可欠なものであったと振り返る日が来ることを確信しています。

 今後は、不退転の決意で、球磨川流域に安全と恵みをもたらす「緑の流域治水」に取り組み、日本の災害復興をリードする新たな全国モデル、いわば「球磨川モデル」として、必ずや、球磨川流域の創造的復興を成し遂げて参ります。