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橋本愛さん インタビュー

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0089122 更新日:2021年3月25日更新

橋本愛さん1

熊本県立美術館分館

 

―橋本さんが俳優を目指されたきっかけを教えていただけますか。

熊本のテレビ局でオーディションが開催されるのを家族が聞きつけ、母が応募しました。もちろん受かるとは思っていなかったんですけど、遊び心で受けたらグランプリを受賞して、デビュー…という感じですね。12歳の時です。翌年から初めての映画が決まって、雑誌「Seventeen」の専属モデルになって…という流れでした。

 

―もともと、芸能界に興味があったのですか?

いえ、実はまったく。芸能界の知識も人一倍疎かったんですよ。芸能人の名前も知らなくて、学校のみんなが見ているようなドラマも全然見なくて(笑)。映画も…見なかったですね、夢中になっていたのはジブリくらい、ジブリは大好きでしたね。
まだ将来の夢もまったく考えていなかったので。オーディションで賞をいただいたとき、「(芸能界に)入りたくない理由もない」から行く、くらいだったんです。

 

―橋本さんは中学まで熊本にいらっしゃいましたが、どのような学生時代をおくられましたか?

学校生活は本当にすごく充実していました。ぎりぎりまで、高校も熊本で進学しようとしていたくらい、大好きでしたね。この街が好きだったし、やっぱり友達と離れたくなかったから。今思うと無謀だったんですけど(笑)。映画『告白』(2010年)の撮影は中学のときでしたが、もうバリバリ仕事をやり始めていて。まわりのみんなと比べて学校生活を楽しむ時間が少なかったから、「高校は熊本で!」と思っていたんだけど、やっぱり難しかったですね。

 

―映画『告白』では物語のキーパーソンとなる役で鮮烈な印象を与えました。それから映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)や朝の連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)など、映画やテレビドラマでも立て続けに注目を集めましたよね。芸能界への憧れはまったくなかったとおっしゃいましたが、10代から忙しくお仕事を続けるなかで、橋本さんが「俳優として生きる決意」のようなものが固まったのはいつだったんでしょう。

実は本当に最近で。それこそ中学・高校生でお芝居をしていた頃は、「いつか、そんな遠くないうちにやめるだろうな」って思っていました。ずっとこの仕事を続けているイメージが持てなかったんですよね。やれたとしても…25歳くらいまでかなって言ってました。

 

橋本愛さん7

 

―まさに、いまの年齢ですね(笑)。

そう(笑)。それもキリがいいから言ってただけなんです。本当にここ数年でやっと、「おばあちゃんになっても俳優をやってるかも」とイメージができるようになりました。それは地味に積み重ねてきた変化だったので、大きなきっかけというものはなかったんですけど、本当に、徐々に。もう10年以上この世界にいるんですけど、やっと感覚がつかめてきたというか。特にお芝居に関しては、ずっと「わからなかった」という時期が長くて。

自分が理想とする憧れの俳優さんはいるんですけど、その人たちと同じようにできないのは何でなんだろう…? って。お芝居は独学だったので、ずっと「わからなかった」んです。最近やっといろんな人の力を借りて、自分の理想とするパフォーマンスができるようになってから、自信を持ってお仕事ができるようになりました。「これが自分の生きる道なんだ」ってやっと思えたって感じです。

 

橋本愛さん2

 

―映画、大河ドラマ、テレビドラマ…若手俳優のトップランナーとして多くの作品に出演されてきた中で、どれか一つ選ぶのは難しいと思いますが…特に印象に残っている作品を教えてください。

去年公開になった『グッドバイ〜嘘からはじまる人生喜劇〜』(2020年)」という映画で成島出監督とご一緒しましたが、成島さんとの出会いはとても大きかったと思います。すごく出番が多い役ではなかったのですが、なかなか感覚をつかめないでいるときに、自分が求めていたお芝居をゼロから教えてくださいました。
あと私、小さい頃から歌う音域が「ソプラノ」だったんですが、私の骨格だったらものすごくきれいな低い声が出るよ、と監督に教えてもらったんですよ。「え、そうなんだ!」ってすごく驚きましたね(笑)。「昔の日本映画の女優さんみたいに、もっと奥行きのある声が出せる」と教えてもらって。それまでは自分の体の骨格ってあまり好きじゃなかったんですが、これが武器になるんだと。もう目からウロコというか。逆に、使わないとただのコンプレックスで終わっちゃうって思ったんですね。「体を使うことで、もっと自分の存在を肯定できるんだ!」って教えてもらって、すごく前向きになれた気がします。

 

―名曲「木綿のハンカチーフ」のカバーで、筒美京平さんのトリビュートアルバムに参加されました。YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」での歌唱は、思わず釘付けになりましたし、これまで映画『PARKS』(2017年)やテレビドラマ『あまちゃん』(2013年)などの作品で、役として歌っている姿は拝見していましたが…「俳優・橋本 愛」として歌われる姿がとても鮮明に脳裏に焼きつきました。

ありがとうございます。そもそもお芝居に必要な発声はやっていたんですが、これまでは特にトレーニングもせず、作品の中の役として歌を歌っていました。それはそれで素人感がある感じでいいかなと思っていたんですが、もし歌が上手な役がきたらどうするんだ!と(笑)。せめて、お芝居の中で歌える人になりたいと思い、2〜3年前から徐々に、本格的な歌のトレーニングを始めていたんです。

実は私、『あまちゃん』に出ていたときに、「フレディ・マーキュリーに似ているよね」とどなたかに言われまして。映画『ボヘミアン・ラプソディ』が流行ったとき、ふいにそのことを思い出したんです(笑)。フレディも、自分の骨格のままであの素晴らしい歌声を届けましたよね。「私じゃん!」って思ったんです。

 

―まさか、フレディ・マーキュリーと橋本さんに共通点があるなんて!

そうなんですよ!(笑)。だから、歌うことで、もっと自分自身の体を生かしたいと思いました。もともと歌うことがすごく好きなんです。その魂というか本質的な部分は、表現手段のひとつとして自分にフィットすると思っていて。お芝居は他者の言葉だし、本当に他人になりきって「役を生き」ないと、演じるということができないんです、私は。ただ歌は、まず「私自身」というのが軸にある。それはお芝居にはない感覚で、本当にとても楽しいんですよ。

 

―スクリーンデビューから10年以上が経ちますが、最近では映画やテレビドラマだけでなく、ラジオのパーソナリティや雑誌の連載などをとおしても、橋本さんの素の部分に触れることができるなと感じています。これまで変わることなく、大事にしてきた思いがあれば教えてください。

自分自身に嘘をつかないことです。こういうインタビューはもちろん、些細なことでも、何ひとつ嘘をつきたくない。自分のことを見てくれている方に、「本当のことしか言ってないんだ」ということをわかってほしくて。

 

―最近ですと、インスタグラムのストーリーズなどでも、ファンの方と交流をされている場面を見かけます。橋本さんにとってファンはどんな存在ですか?

自分を生かしてくれている人たちですね。その人たちに何かを返したいというのが、俳優の仕事を続けるうえで大きな原動力になっています。

 

―もうずいぶん東京生活が長くなったと思いますが、橋本さんが改めて感じる熊本の良さってどんなところでしょう。

あれだけ東京に行きたくなかったのに、実は熊本という場所に対して否定的になっていた時期がありました。なぜかというと、自分のことが嫌いだったから。自分に根付いているもののすべてが受け入れられないから、自分が育った場所も嫌いになってしまっていた。でも今はその感情から抜け出すことができて、自分のことを肯定できるようになってからは、熊本に帰ってくるたびに「いいとこだなあ…」って本当に思いますよ。ああ、首都がここだったらいいのに!って(笑)。

もともと自然が好きで、いまも時間があれば自然豊かなところに行きます。ちょっと車を走らせれば豊かな自然があって、水も、野菜も、お魚も本当においしくて。熊本は本当に住みよい街だっていつも感じています。そして、“感度”の高い方、芸術的センスがある方がたくさんいる街だと思っています。料理店のシェフもそうだし、建物なんかもそう。古民家を改装したすてきなお店もすごく多いですよね!熊本地震で被害があったところは多いと思いますが、歴史を根っこから改変せずに、いまと歴史が混在している感じが、本当にすてき。この熊本の温和な空気感のなかに光る芸術があることで、心の底から安心するというか…そういう感覚です。

 

橋本愛さん3

 

―昨年度は、「熊本の復旧・復興の力になれば」との思いから、熊本地震からの復興をテーマにしたアニメ「なつなぐ!」にご出演いただきました。熊本地震が発生した時に、感じられたことなどを教えてください。またオファーを受けての感想や、どんな気持ちで主人公の夏奈(なつな)を演じられたか教えてください。

真っ先に思ったのは、やっぱり「熊本に行きたい!」という気持ち。熊本地震のときには、家族も一時期小学校で避難生活をおくっていたので、どうしても帰りたくて。あの時、瞬時にここ(脳)を介さない衝動がうまれたのを覚えています。実は東日本大震災が起こった2011年3月11日は、中学の卒業式の日だったんですよ。熊本で、みんなと最後の思い出をつくる日でした。でも震災が起こって、電気屋さんかなんかでテレビの映像を見て…「一体何が起こっているんだろう」と思いました。あれ以降、当事者じゃないとわからないものがあること、「“外の人”の言葉って、現地の方に果たして意味があるのかな」って考えちゃうようになって。自分の言葉で元気を与えられるとか、活力を与えられるとか、まったく想像ができなくて。だから熊本地震の際も、もちろん家族のケアはするんですが、被災された方にかける言葉が見つからないというか。その意味が見出せなくて…。

でも、たとえば私が誰かのファンだとして、その人のSNSとかを見たときに、「事実を知ってて発信してくれている」というだけで、被災地を慮(おもんばか)ってくれているだけで、元気が出るかもしれないなってだんだん思うようになってきたんです。“心の色”が変わるかもしれないって。だから今は、「ちゃんと知ってるよ」ということを伝える意味があると思っています。どこかで災害が起きるたびに、そういった心掛けで発信したいな、と思っています。

そして「なつなぐ!」は復興の物語だけど、「再生の物語」でもありました。女の子の、人生とか魂の再生を描いた作品でしたよね。芸術文化は生活を復興させることはできないけれど、心だけは再生させることができると信じているので。ただただその思いで、主人公を演じていたように思います。
私は常々、一つの芸術に対して、必ず一人は救われる人がいると信じています。それがどんなに小さな作品でも。ほかの何千万人が「娯楽」としてそれを見ていても、誰か一人は救われている。私が実際にそうでした。どんなに笑えるコメディーであっても、一人にとっては、震えるほど感動するものかもしれない。だからいつも「その人」を想像してものづくりをしているんです。

 

―熊本地震の発生からまもなく5年を迎えます。3月7日の新阿蘇大橋の開通など、阿蘇へのアクセスルートも回復しました。復旧・復興が進む現状をどのように感じられますか。

素直に、とても嬉しいなと思います。実はこの前(開通前)、阿蘇に行って、新阿蘇大橋の横を通ってきました!「わあ、もうすぐ通れるなあ」と驚きで。お城も小さい頃からずっと見て育ってきたから、足場が組まれた熊本城を見ても、何だか信じられないというか。ずっと心に穴が空くような気持ちがあったんです。ただ徐々に復旧が進む現状を見て、以前のお城とは意味合いが変わってくるなと思いました。

橋本愛さん5

 

 

―「天守閣が復活した写真を見て泣いてしまった私は熊本の人間なんだなあと思いました」。橋本さんが、今年1月にインスタグラムに投稿されていた言葉がとても印象的でした。

一度崩れたことで、いま一緒に生きている人たちが、もう一度あのお城を造ったんだと思うと、人間の“すごみ”みたいなのを間近で感じたというか。昔の人たちの根気と、現代を生きる人たちの知恵とか魂とか根性とか、いろんな思いが全部合わさって、新しい「熊本城」が完成しつつある。お城を実際に建てたのは加藤清正ではなくて、たくさんの職人さんたちですよね。私もものづくりをしているので、カメラの前には自分しか映らないけれど、その背景にどれだけの人がいるのかっていうのを知っているから。顔も名前も知らないけれど、何百人・何千人もの人の姿が脳裏に浮かぶんです。今回もそうです。

そんなお城が、また新たな熊本のシンボルになっていくんだなって思うと、本当にすごいことだと思う。見るだけで元気がでるような、そういう存在になりましたよね。「阿蘇大橋」も、何のありがたみもなく渡っていたあの頃とは、全然違うというか。橋そのものに感慨を持つっていうことに驚いています。こうやって人がつないできたものが、この地球上にはいっぱいあるんだなって、思わずにいられないです。

 

橋本愛さん6

 

―そのような中、昨年7月には豪雨によって、県南地域を中心に甚大な被害が発生しました。被害が分かったとき、どのように感じられましたか。

地震からの復興の途中で、コロナ禍で、さらに追い打ちがかかってしまったなと。やるせない気持ちでいっぱいになりました。ただそれこそ、ここでも芸術文化の可能性を信じたというか。生活に潤いを与えることはできないけど、心に潤いを与えることだけはできると思っているので。自分の出たドラマや映画とか、自分の作品じゃなくても、芸術文化をとおして「どうか皆さん潤っててくれ!」という気持ちで。それが、復興や、熊本の皆さんが前に進む気力が湧く“種”になっているといいなと思ってましたね。

 

―最後に、県民の皆さんに一言、メッセージをお願いします。

たとえば寄付をするとか、一個人としてできる支援は、やれる範囲で続けていきたいと思っていて。でもやっぱり、俳優だからできる支援があると思っているんです。天災に限らず、生活の中で傷ついて命を落としてしまう人がいます。世の中には、色んな傷を負っている人たちがいて。そんな人たちを生かすために、この仕事をやっているという思いがすごくあるんです。どこかで自分の関わった作品が、そういう人の「心を潤す何か」になっているんだ、ということを信じています。
生きているだけで苦しいことって、いっぱいあると思うんです。そんな時に、「芸術」という選択肢があることを知ってほしい。生きるか、死ぬか、芸術か。私自身、芸術に生かされてきた人なので。そっちの選択を選んでほしいという思いがずっとあります。崖っぷちに立たされたような気持ちになった時、どこかに救いがあるはずだと。芸術に携わっている人は、どこかみんなそんな気持ちでやっていると思うんです。顔も名前も知らなくても、私たちは、「あなた」のことを思っていつもつくっている。そんな気持ちが全ての人に届けばいいな、と思います。

プロフィール

橋本愛さん4

1996年熊本市生まれ。「グッドバイ〜嘘からはじまる人生喜劇〜」(20年)、「私をくいとめて」(20年)、NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(19年)など、多数の映画・テレビドラマで活躍。2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」ではヒロイン役を務める。「木綿のハンカチーフ」のカバーで参加したトリビュートアルバム「筒美京平SONG BOOK」も話題。