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第12回 「電話」(前編)─その後が気になる道具です─

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0056489 更新日:2020年10月1日更新

熊本県立美術館だより「View Vol.171」より

 今年は次から次へと仕事が立て込んで、息をつく暇がございません。H木数子先生おっしゃるところの「大殺界」は数年前に過ぎたはずなのに。厄年だからでしょうか。肩こりが妙にひどいところからすると、例のアレが憑いているのかもしれません。そのくらい忙しいのです。しかしそれは私だけではない模様。今年は自主企画の特別展が多いため、事務所を見渡せば、学芸課・総務企画課の別なく皆様修羅の表情です。最近では職員の間で「・・・今、話しかけてもよろしいでしょうか」という枕詞が使われるようになってきました。
 そんな中、今回も臨時編集担当のK学芸員からコラム執筆の依頼を受けてしまいました。侠(をとこ)気(ぎ)あふれる彼のことですもの。枕詞などといった回りくどい表現は使用しません。「誌面空いてるんでコラム書いてください。12月末に改修工事入るんでネタないんスよ」。そのものズバリ、いやモロ出しです。しかし私もなかなか書く時間がございません。現在も〆切仏恥義理(ぶっちぎり)状態です。よしんば手が空いていたにしても、これだけ乾いた笑顔の絶えない美術館で、こんな脳天気なコラムなんぞを書いていていいのだろうか。そんな思いの中、いつもならば愉(ゆ)快(くわい)な内容を叩き出すはずの私のタッチタイピングも、ややためらいいがちになってしまうのです。・・・まぁ、書いてるんですけどね
 さて、今回のテーマは「電話」です。私たちの仕事は、電話から始まります。「俺たい!オレオレ!」では例の詐欺。「すみません、私熊本県立美術館の林田と申しま・・・あ、切らないでください!ご相談のお電話です。実は当館では次年度にこれこれこういう展覧会を開催する予定でして。ついては貴館のご所蔵作品を拝借できないかと考えておりまして・・・」。展覧会で他館から作品をお借りする場合には、そんな低姿勢な電話から始まるのです。メールでも構わないといえば構わないのですが、お願いにいきなりメールも失礼なハナシですよね。やはり電話が一番ですし、できれば直接お会いして企画内容なども説明したいところ。これはあくまで昔の話ですが、交渉の際、他館に上述のような電話をかけると、「どうしてその作品が当館にあることをご存知なんですか?困りますねえ」、もしくは「そういったお問い合わせにつきましては、お答えしないようになっていますので」なとどいった「フレンドリーな答えが返ってこともあったのだとか。昔のビジュツカン、怖いです。
 「仕事相手との連絡に電話使うのなんかどこでも一緒じゃん」とお思いの方。まあその通りではあります。しかしガッゲーインのお仕事は交渉のみに止まるものではありません。我々の仕事の一つに、美術品専用車(輸送トラック:通称「美専」)への同乗というものがあります。これがなかなか難儀でして、要は作品と一緒に美専に乗って相手先の美術館から帰ってくるというもの。特に国宝や重要文化財などを搭載している場合には、非常時・緊急時に対処できるよう、学芸員は美専に同乗するのです。実際、私も何度か東京から熊本まで美専に同乗して帰ってきたことがあります。最初の頃こそ「お、フェラーリだあ!(首都高にて)」とか、「やっぱ、富士山ってデカいっスねえ」などと、見慣れぬ風景にワクワクしておりましたが、もはや慣れっこ。今では風景などには目もくれず、運転するN通さんたちとの楽しいおしゃべり(主に近年のジャニーズについて)に興じるか、黙々と解説原稿のチェックに勤しむかのどちらかです。言うまでもなく、同乗時はいつも臀部(でんぶ)が崩壊状態ですが、先輩学芸員の言によれば、かつては青森から熊本までの全行程を車中泊しながら同乗することもあったのだとか。今はもちろんそんなことはありませんけれども、昔のビジュツカン、本当に怖いです。そして電話が本領を発揮するのが、この美専同乗時なのです。
 「IT革命」なんて言葉がもう古びて聞こえる昨今ですから、電話といえばもちろん携帯電話、というかスマートフォン。我々は全ての借用作品の集荷を終え、熊本に向かう際には、まず一度美術館に電話をします。何時に相手先の館を出て、夜の何時頃に当館に戻ってくることができそうなのか。それを知らせておけば、守衛さんたちも準備ができますし、また荷下ろしには何名ほどの学芸員が必要かを伝えることもできます。特にスマホが登場してからというもの、このあたりがとても便利になりました。Go○gle Mapなどのサービスを利用すれば、渋滞状況もリアルタイムで確認することができてしまうのです。
 先ほど私は、「非常時への対処」と記しました。作品輸送の非常事態対応に関しては、2つや3つの武勇伝をお持ちというのが、このギョーカイの常。テロリストが放ったRPG-7(対戦車ロケット砲)が美専に命中、普段は頼りない(けれども実は元海兵隊の)学芸員が燃え盛るコンテナの中から国宝重文を救い出す!などといったセガールな話は、今のところ聞いたことはございませんが、ヤヴァイ話はいくつかございます。私の場合、初めて自分で企画・担当した2014年の特別展「画家たちの上京物語」での集荷がその一つ。その時、私は首都圏での作品集荷を終え、次なる東海地方の集荷先へ新幹線で向かっておりました(この時同乗はしておりませんでした)。輸送担当であるN通さんの美専とは、駅前ロータリーで合流する手筈。すると駅に降り立った途端、私のスマートフォンが振動したのです。発信者は我らが熊本県立美術館。愛しい職場ながら嫌な予感しかしません。用件は以下の4点でした。

  1. すでに借用を済ませた相手先から、今後の輸送方針について問い合わせがありました。
  2. 今、台風がそちらに向かっています。
  3. 借用相手先が心配しています。
  4. どうすんの?

 下に向かうにつれ要件がシンプルになってゆくのは気のせいでしょうか。早速スマホで台風情報を確認しますと、台風8号・アジア名「ノグリー(韓国語で“狸”の意)」が沖縄にお出ましではありませんか。私は東海地方での集荷の後は岡山に向かう予定でして、予報によれば兵庫あたりで美専と狸のコラボレーションが実現しそうな感じだったのです。美専はエア・サスペンションによって美術品への振動を最小限にとどめる仕様になっています。しかし相手は狸ですもの。なんぼエアサスでも奴が発生する振動までは吸収しきれません。そもそも高速道路が封鎖されたら完全にアウト。展示作業日に間に合いません。「こ、このままではノグられてしまう・・・!」私の希少部位である脳みそは、巨大な狸に侵食されかけていたのです。
(続く!)

(林田龍太)