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第10回 「調書/点検票」─画力が問われる道具です─

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0056475 更新日:2020年10月1日更新

熊本県立美術館だより「View Vol.167」より

 佐々木耕成展開催の余波が冷めやらぬ中、締め切りを仏(ぶっ)恥(ち)義(ぎ)理(り)で入稿しているため編集担当であるO学芸員の顔色が気になるこのコラム、記念すべき第10回目(通算12回目)は、「調書/点検票」です。今まで色々な道具について、毎度バカバカしいお話をつらつらと書いてきました。思えば恥かしい人生を送ってきたものです。色々なところから「そろそろネタ切れ?」との声も聞こえてきますが、ご紹介しなければいけない道具はまだまだございます。とりわけ今回の「調書/点検票」は我々ガッゲーイン熊本弁)の仕事の根幹をなすものといっても過言ではございません。
 「調書」などというと、なんだか警察の取り調べの際に、近隣の定食屋から取り寄せたカツ丼(味噌汁付き)をかきこみながら、故・左とん平扮する古参の刑事(開襟シャツ着用)に書いてもらうものといったイメージですが、我々のはやや異なります。作品を拝見して、その作品に何が/どのように描かれているのか、その裏面はどうなっているのか。さらにはどんなものが付属しているのか。そんなことを書き込んでいくのが、我々が使用する調書なのです。対して点検票は、主に他館やご所蔵者から作品をお借りする際・返却する際に用いるもの。作品の状態に特化した調書と位置づけられるでしょう。
 我々が作品を借用・返却する際に行う作業は、基本的にレンタカーと同じ。この辺に傷がある、とか、この辺の絵具が剥げている、とか、あるいはこの辺に画家の怨念がつまっているとか、そんなことを借用時に点検票に書き込んでおいて、返却時にはその点検票と実作品を見比べながら、ご所蔵者や借用元の学芸員と一緒に、新たな損傷がないか確認するのです。もし返却時に新たな損傷が見つかったら、あるいは怨念が増大していたら・・・その後のことは皆まで申し上げませんが、まあ、とってもたいへんなことになります。霊媒師呼んだり
 さて、調書といっても、特に館で決まった書式があるわけではなく、各ガッゲーインが個人的に作ったもの(大体は似たようなものですが)を使用しています。おおよその項目は、日付、作者名、作品名、制作年、品質形状(技法)、寸法、所蔵先、図様、状態、付属品、所蔵先など。点検票の場合は図様と状態が一つにまとめられ、付属品の項目が大きくなっていることが多いです。それらの項目に従って、我々はできるだけ詳細かつ簡潔に記録を取ってゆきます。ガッゲーインの中には、そうした情報とともに作品にインスパイアされたポエムやキュートな子猫のイラストなどを書き込む方もおられるかもしれません。
 この調書、意外にガッゲーインの画力が問われる道具でもあります。既に他の展覧会に出品されたことのある作品なら、ワードで作った調書に図録からスキャンした画像を貼っておいて、そこに書き込んでいくというのが定番。しかし写真すらない未知の作品の場合、そもそも調書に貼りこむ画像がございません。そんな場合は、絵を描くしかないのです。油絵の場合であれば、四角く額を描いて画面を描いて、さらにその画面の中にモチーフを描いて・・・などといったように。我々も時折、別のガッゲーインによる調書をもとに作品をお借りしに行くこともあるのですが、稀にその人が描いた記録図があまりに前衛的過ぎて理解出来ないといったこともあったりします。きっと私なぞよりレベルが高いのでしょう。
 さらに困るのが、点検が完了した後に相手先の学芸員から突然「その調書のコピー下さいますか?」と言われることです。確かにこの方法、所蔵元と借用先の間で状態についての記載に齟齬がなくなりますし、貸出側では記録する必要がないので、非常に効率的です。しかしそれは同時にガッゲーインによる前衛的な絵画作品を知らない相手に開陳するという悲しい状況をも意味しております。子猫のイラストなんぞを描いた上で「ここにキズがあるのニャ❤」「ここを持つと危ないのニャ❤」などと記していたら、もう大変。相手は「・・・結構可愛いイラストを描かれるのですね」などと薄笑いを浮かべながらフォローして下さるのかもしれませんが、「・・・」の部分には明らかに(うすらデカくてこんなに毛深いくせに)といった侮蔑のニュアンスが込められることになるのです(一部実話)。
 本コラムを執筆しております本日(10月25日)は、1階展示室で「松本零士展」の展示作業が行われております。先ほど様子を見に行ったところ、会場最後のコーナーに「松本零士漫画作品年譜」なるパネルが4枚ほど掲示されておりました。なるほど松本先生はこんなに作品を描いておられたのか、と感心する一方で、どのパネルの右端にもキュートな子猫のイラストが。お名前は「ミー君」とおっしゃるのだとか。おへその部分に描かれたバツ印の絆創膏がなおさらキュートさを引き立てております。松本先生は御年80歳、つまり左とん平とほぼ同い年です。老いてなおキュートさを維持しておられる点はぜひ見習うべきでしょう。今後は私も他館のガッゲーインのまなざしを恐れず、調書に堂々とキュートな子猫のイラストを記してゆくべきなのかもしれません。ドクロマークのニットキャップを被って

(林田龍太)

写真:調書の例(赤ペンで記してあるのは後で清書したからです)の画像
写真:調査の例(赤ペンで記してあるものは後で清書したからです)