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第9回 「ボイスレコーダー」

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0056474 更新日:2020年10月1日更新

熊本県立美術館だより「View Vol.163」より

 もうすっかりご無沙汰なこのコラム。第何回目かも既に忘却の彼方ではございますが、今回のテーマは「ボイスレコーダー」です。「ん?前回の予告で“ヘルメット”ち書いてあったじゃなかか!約束と違うバイ!」と思われたアナタ、鋭いですね。嫌われますよ。確かに私はそのように記しましたが、笑いどころがどうも思いつかないという致命的な欠点があり、急遽テーマを変更させて頂いた次第です。どなたにもご迷惑をおかけしてはいないと思いますが、芸能界の不倫報道の例に倣いこの場を借りてお詫びいたします。
 このコラムを通して、私は調査調査と繰り返し書いておりますが、その対象は必ずしも美術作品・歴史資料のみではありません。作品であれ資料であれ、その背後にはほぼ「制作者」が存在します。美術品の場合は作家さんがそれにあたりますね。では、ある作品について調べていて、しかもその作家さんがご存命の場合どうするのか。直接会って聞きゃ早いわけです。そして、そんな時に大活躍するのが、このボイスレコーダーなのです。
 作家さんや関係者から話を聞き、その内容を記録すること。これは一般的に「聞き取り調査」と言います。またそこで語られた内容は、「オーラル・ヒストリー口述による歴史)」と呼ばれます。通称「オラヒス」。このオラヒス、語る側の主観が強く反映されることや、記憶違いがあることから、美術史研究においてはあまり重要視されてはきませんでした。しかし近年では資料としての価値が見直され、オラヒスを集めたサイトまでもが作られているほどです。調査に出かける際、「課長、ちょっとオラヒス録(と)ってきます」、「◯◯先生の家でオラヒスってきます」などと言うとカッコいい気もしますが、必ず上司から「“おらひす”ちゃ何な?」と聞き返されて「・・・き、聞き取り調査っス・・・」と小声で言い直すのがオチですので、あまりオススメはできません。
 私が本格的に聞き取り調査を始めたのは、「画家たちの上京物語」展の準備においてでした。あの時は数多くの関係者にお話を伺いましたが、最も長く聞き取りをさせて頂いたのが浜田知明先生です。主に伺ったのは、学生時代の話。当時を懐かしそうに、そして楽しそうに話される先生の様子は、「戦争の画家」とはまた異なる側面を見るような気がしてとても興味深いものでした。そうして得られたオラヒスは同展図録に収録させていただいております。在庫が余りまくっておりますので是非購入して頂きたい!この経験に味をシメた私は自前でボイスレコーダーを購入し、積極的に聞き取り調査を行うことにしたのです。
 私が購入したボイスレコーダーは一番安いモノ。もちろん音楽制作にも使える超高級品もございますが、私はミュージッシャンではございませんので、安物で結構です。ただし、時に聞き取りの現場がじぇいぽっぷを大音響で流す喫茶店だったりすることもありますので、マイクの感度が良いことは重要ですね。駅前の喫茶店で「Choo-Choo TRAIN」をBGMに80歳近い作家が語る戦後美術秘話というのも、それはそれで趣がございます(実話)。
 さて、ボイスレコーダー及びオラヒスには大きく分けて2つの欠点があります。まずひとつは、先にも書いたとおり「客観性に欠ける」ということ。しかしこれはカバーが可能です。例えば、ある方が「いやあ、当時女子大生たちの間で“僕とランチをする会”ってのがあってさあ・・・」とおっしゃった場合。怪しい。どう考えてもこれは怪しい。そんな時行うのは「裏取り」の作業。文献を調べたり、あるいは別の関係者に聞き取りをしたりして、本当にそうだったのかを検証していくのです。そしてその結果、会の存在はともかく確かにものすごくモテていたことが判明したりもします(実話)。
 そしてもうひとつの欠点が、文字起こしをしなければならないことです。資料としての活用、あるいは公開を前提とするならば、文字化は避けて通れません。もちろん、文字起こしをやって下さる業者さんもおられますが、そんな予算は当館にはございません。結局頼れるのは自分のみ。録音時間は1時間半から3時間半で、短いときならば3日で文字起こしが完了することもありますが、時には10日間ほどを要することもあります。しかもその間には他の業務も入ってきます。長時間文字起こしをしていると、頭も体も極端に疲弊しますが、次第にオラヒスが体に刻まれてゆく感じがたまらなくなってくるのも事実。そうして今日も文字起こし作業が続くのです。
 美術館の事務室を訪れた方、イヤホンを耳にパソコンに向かう学芸員を見ても、決して西野カナの音楽を聞きながら仕事をする不埒な奴などと思わないで下さい。彼は今必死で、まだ誰も知らない美術の歴史を残そうとしているのですから。恍惚の表情で

ボイスレコーダー

〈お詫びと訂正〉
 前回のコラムにおきまして、私は「文書とかを撮影する時に使うアレ(押さえ)」の発明者を、「某Y代市立博物館のT学芸係長様」と記しましたが、正しくは本県文化財業界の巨人・O倉大先生であらせられました。この場をお借りしましてO倉大先生とT学芸係長様に深く深く深く詫び申し上げます。後生ですから命だけは・・・

(林田龍太)