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第7回 「靴」─同僚の病を気にすべき道具です─

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0056472 更新日:2020年10月1日更新

熊本県立美術館だより「View Vol.156」より

「新均衛」と「痩虎」(S藤学芸員撮影)

 「ええか林田氏、大事なのは靴や。オシャレは靴から始まるんや。世の中でも“足元を見る”言うやろ。せやから、靴にはカネかけなアカンねや!
 入庁後間もないころ、初任者研修の際に同期のY田学芸員から言われた言葉です。私と同じ福岡出身の彼が何故関西弁だったのかはいまだにわかりません。ちなみに、研修の際のY田氏は時折、ベージュ色した白の縦縞スーツを着用し、初々しさなど微塵も感じさせない謎のオーラを発しておりましたっけ。私もスーツを一着しか持っていなかったため、1日だけ礼服に身を包み、フォーマルな形で研修に参加したことがありましたが。というわけで、第7回目となる今回は「靴」について書かせていただきたいと思います。
 発端は今年の夏。私が愛用していた安物の靴が突如崩壊してしまいました。崩壊ぶりは、アニメ「母をたずねて三千里」第49話「かあさんが呼んでいる」におけるマルコの靴と言えばわかりやすいでしょう。靴の上と底がパカっと分離してしまったのです。そのまま吹雪舞う道端で倒れているところを親切な旅のお方に助けられ靴を修理してもらう(第50話「走れマルコ!」)のを待つという手もあるのですが、私はそもそも母をたずねておりません。それにもうすぐボーナス!といったわけで、前借りとばかりに妻の財布からクレジットカードを失敬し、靴を買いに走ったのです。
 さて、世の中には数多の職業がありますが、我々ほど靴の脱ぎ履きが多い仕事はないのかもしれません。収蔵庫内は土足厳禁ですし、展示の際にガラスケースに入る時も靴を脱ぎます。ご所蔵者のお宅にお邪魔する際、土足で入れば間違いなく泥棒ですので、もちろん靴を脱ぎます。脱いだり履いたり脱いだり履いたり。その頻度は一楽曲中における郷ひ●みのジャケットアクションと同じレベルです。おまけに作業は基本的に立ちっぱなし。作業が終われば足は棒です。従って我々学芸員が靴に対して求めるスペックは、(1)脱ぎ履きしやすいこと、(2)疲れにくいことの2つに集約できるでしょう。課題はそれだけではありません。私の足は幅ひろくベターっとした典型的な日本人型。幅の狭い靴だとどうしても小指のあたりが痛くなってしまいます。よって条件には(3)幅が広いも加わります。
 今回は作業用と割りきって、革靴ではなくスニーカーの購入を目論んでおりました。条件(1)を考慮するならば、紐とかがついていない、いわゆる「スリッポン」がベストです。しかし作業用とはいえ、やはりオトナの男子(?)としてのモテには気を配りたいところ。一般的にはどうか知りませんが、私の中途半端な自意識には、アラフォーおじさんのスリッポンは余程オシャレか余程気を使っていないかのどちらかに感じられます。私なぞがスリッポンスニーカーを履けば後者に該当してしまうことは明らか。条件(1)については、ある程度の妥協が必要でしょう。だったらアメリカのメーカー「新均衡(New Balance)」のスニーカーあたりが良いんじゃないかしら、幅も広くて疲れにくいらしいし、おまけに巷のオシャレ男子はみんな履いています。試着してみましたが幅もいい感じ。ちょっと高いけれども、これなら条件(2)(3)をクリアします。
 しかしここでまた問題が発生しました。よくよく考えると、なんと先述のY田氏、「新均衡」のスニーカーを色違いで大量に所有しているようなのです。毎回「それ買ったの?」と聞いても、帰ってくる返事は「前から持っとる」の一言のみ。彼は一体いつからどれだけの「新均衡」を所有してきたのでしょう。問い詰めたいとことですが、多くを語らないところからすると、何かそういう病である可能性も否めません。あるいは、ここでもし私が同じ靴を買ってしまった場合、彼の心にある大事な何かを崩壊させてしまうリスクも考えられます。Y田氏といえば学識と彫りの深さから当館のスターとして知られる学芸員。彼を失えば、熊本県の文化行政にとって多大なる損失となることは明らかです。かかるリスクを回避し、熊本の文化に明るい未来を残すために、私は足裏の汗をびっちょり付けた試着用の新均衡」を脱ぎ、そっと棚に戻したのでした。
 で、結局購入したのは、「新均衡」よりもさらにお求めやすい、ドイツのメーカー「痩虎(Puma)」が生産する4,000円ほどのスニーカー。クッションとかソールがどうなってるのかはよくわかりませんが、私の足にジャストフィットだったことが決定打でした。これなら疲れも少ないでしょう。脱ぎ履きもまあまあそれなりですし、なんといっても白い地に茶色のラインと靴紐、そして黄色い内装がおしゃれな感じ。Y田氏からは「学校の先生みたいやねぇ」と鼻で笑われましたし、実際に学校現場から来たI丸主任主事のスニーカーと色違いでかぶっていることが判明しました。「お、かっこいいっスね」と褒めてくれたのは最若手のM川学芸員のみ。しかし言い方が棒読みでした。でもいいんです、気に入ってるから。
そして展示作業の日。いよいよニューシューズの真価が問われる時です。収蔵庫から作品を取り出し、展示室でテキパキと指示を出す私め。しかし、作業開始から1時間ほど過ぎた頃、私は気づいたのです。作業中は500円のサンダルを履いていたことに
〔次回は「文書といかを撮影するとき使うアレ」です。〕

(林田龍太)