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平成28年仕事始め式知事訓辞

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0006740 更新日:2020年8月1日更新

 皆さんあけましておめでとうございます。

 今日はどのような話をしようかと思いましたが、私は知事になる前、30年近く政治学の研究をしていました。そして、政治とは一体何かということを、いつも授業の前に定義を行う中で、私は政治というのは「政治とは可能性の芸術である」と考えています。これはビスマルクの言葉ですけれども、不可能なことを可能にする、それが政治ではないかと思っています。「政治とは可能性の芸術」。そういう観点から、私の2期8年の政治について触れてみたいと思います。

 皆さんもご存じのように2008年、私は熊本県知事に就任いたしました。その時に多くの問題がありました。大不況、特にリーマンショックであったり、熊本県でも閉塞感があったような気がします。

 そこで1期目は3つの困難を乗り越えようということで挑戦して参りました。一つは財政再建。この財政再建にあたっては、職員の皆さんに多大な迷惑をかけて、とても申し訳なく思っております。2番目は川辺川ダムの問題、3番目は水俣病の問題です。

 皆さんのご協力の下、財政再建、完璧にできたわけではありませんけれども、一定の道筋はつけたのではないかと思っています。それがあったために2期目は果敢に挑戦することができたと思っています。

 それから川辺川ダム問題は、40年以上、熊本を悩ませてきた問題でありますけれども、2008年の9月11日に白紙撤回という形で、この問題に決断をしました。もちろん決着が実際についたのは昨年2月のことです。流域市町村と県と国がダムによらない治水を行うということで、6年くらい、最終的にはかかりましたけれども、あの時の決断はとても大事だったなと思っています。

 水俣病問題については60年を迎えようとしておりますけれども、まだまだ終わっていません。しかし、特措法という形で、与野党が協調して法律をつくり、それによって3万7千人以上の方々が救済されたことは、とても大きかったと思っています。

 どれをとっても当時は不可能だと思われていました。財政再建もそんなに簡単にはできない、川辺川ダム問題もそんなに簡単にはできない。水俣病問題はとても大変だということを聞いていました。でも、そこで不可能と思ってチャレンジをしなかったら、この問題もまだ続いていたでしょう。

 今、続いていると仮定すると、こうやって日本晴れの下で笑顔で訓示することはできなかったかもしれません。そういう意味ではこの3つの困難に挑戦することができて良かったなと思っています。ただ、白紙撤回というのは国に対する異議申立てであります。そういうことで、一番板挟みになったのは、職員の方々でないかなと思っています。様々なストレス、国や議会からの圧力、様々な圧力があったと思います。それを私とともに乗り越えてくださったことに、深く感謝しております。

 それを乗り越えて2期目は、とても明るい方向で4つの目標を掲げました。4つの目標とは、熊本に「活力を創る」こと、そして2番目に「アジアとつながる」こと、3番目に「安心を実現する」こと、4番目が「百年の礎を築く」ことであります。

 「活力を創る」については、様々なことが起こりました。企業の誘致、農地集積、そして、何よりもくまモンの活躍が一番大きかったなと思います。くまモンはつい最近で言いますと、中国のアリババ通販の社長が来られて「くまモンを使いたい」と言われました。私が「どうしてですか」と聞いたところ、社長がおっしゃるには「くまモンを知っている中国人は1億人いる。1億人が知っているくまモンを使えば、きっと熊本のプロモーションになるでしょう」ということでした。これは一つの例でありますけれども、そういう形で、今年もくまモンはとても活躍しています。

 「アジアとつながる」といった時に、職員の皆さんはどういう意味か分からなかったのではないかなと思います。しかし、今は「アジアとつながる」ということが、どういうことか実感できるのではないかと思っています。まず10月には台湾の高雄と熊本が定期便でつながりました。そして12月には香港と熊本が定期便でつながりました。また、海外クルーズ船が昨年は10隻も来ました。今年はそれ以上だと思いますが、何よりも来年、私は、とても重要なクルーズ船の歴史が切り拓かれると思っています。60隻くらい受け入れることが可能だと、このように思っていますので、どんどんアジアとつながっていく、そういう熊本になっていくだろうと感じています。

 3番目の目標の「安心を実現する」の中で、一番私が記憶に残るのは、九州を支える広域防災拠点に阿蘇くまもと空港が選定されたことであります。これは、熊本の将来にとってエポックメーキングなことだと考えています。我々の夢は“すべての道が熊本に通じる”ことですけれども、この防災拠点が熊本に来たことによって、大分と熊本の間は中九州横断道路、宮崎と熊本の間は九州中央道路でつながる、加速化していくだろうと、このように思っています。

 そして「百年の礎」。これについては皆さんもご存じのように、万田坑と三角西港が熊本で初めて世界文化遺産になりました。また、地下水を守ろうという気持ちが、熊本ではとても強いので、それを守るために、地下水を農業で守ろうという条例を策定しました。そして、阿蘇の大草原を守ろうという気持ちが、皆さんの中にも大きくありますけれども、これは“蒲島イニシアティブ”という形で、これから10年間は阿蘇の大草原を守れる、そういう体制をつくりました。

 考えてみますと、それぞれが大変難しい問題であります。先ほどお示ししました「政治というのは可能性の芸術である」と思いますと、芸術のようにですね、困難を乗り越えて様々な“華”を咲かせる、それが政治のあり方ではないかなと思っています。

 ただ、政治は一カ所にとどまってくれません。様々な課題が登場してきます。今、登場しているのは、人口減少社会にどう立ち向かっていくか、これも困難な課題であるけれども、政治は可能性の芸術でありますから、これを乗り越えていかないといけない。そして、地方創生への挑戦、これも困難であることを乗り越え、そして国難とも言えるTppに対する対応というのも、県として、とても重要な対応ではないかと思っています。

 明るい話題としては、2019年にラグビーワールドカップが熊本で開かれる、そして世界女子ハンドボール選手権大会も熊本で開かれる。それに向けた対応も強化していかなければいけないだろうと思います。明るいだけではなくて行政的には様々な課題があります。

 もう一つは、三角西港と万田坑が「百年の礎」として世界文化遺産になりましたけれども、次は、崎(※正式には「大」ではなく「立」)津集落が世界文化遺産になる。そしてホップ・ステップ・ジャンプということで、阿蘇が世界文化遺産になることを目指さなければいけない。

 そういう意味では、いろいろな課題を、一部だけですけれども取り上げましたが、不可能を可能にすることが政治・行政であることを皆さんと共有してやっていきたいと思います。

 不可能だと思った時、できないと思った時に、政治・行政はそこでストップする。できないと思うことに挑戦することが政治であると思います。まさに政治というのは可能性の芸術であると、私はそれを筑波大学で17年間、東大でも11年間、学生に教えて参りました。学生の皆さんが「本当に不可能なことを可能にしているだろうか」と見ていると思いますので、私は、そういう意味でも、皆さんの偉大な貢献の下で、多くの不可能を可能にすることができたのではないかと思っています。

 先ほども申しあげましたように、不可能なことを可能にすることは前例を破ることでもあります。あるいは国にたてつくことでもあります。そういう意味では、とても皆さんの力が大きかったのではないかなと、いつも重々認識しております。皆さんのことを考えると、いつも国に異議を申し立ててはいけないなと、たまにしてもいいけど、いつもやってはいけないなと思いながらやっています。喜んでやっているわけではありませんので、ぜひご理解いただきたいと思います。しかし、それに対してですね、熊本県庁の職員の方々は、日本一の戦闘集団であると私は考えています。その熊本県の職員のために、昨年のこの場所で、一つの約束をしました。私が知事である限り給料を下げないと、私はそれを達成したと思います。そういうことで、皆さんの努力と苦労とストレスに報い、そして、私とともに不可能を可能にしてくださった皆さんとの約束を守れて大変良かったなと思っています。

 今述べたように、この2期8年の流れはとてもいい方向に進んでいます。私は今、真剣に、熊本のために、また、県の職員のためにも、この良い流れを止めてはいけないと、そのように思っています。

 そして、今年の私の一字は、(「流」と書かれた色紙を示しながら)これです。流れを、よき流れを止めてはいけないと、止めないという意味を込めて「流」。そしてこのよき流れを、より強く、より大きく、そして、より未来に向かって、どんどんつくっていかなければいけないなと思っています。

 ぜひ皆さんのご協力と、これまで示してきた力強い県庁集団が、私を支えて、熊本県をより前に進むようにご支援いただきたいと思っています。

 今日はありがとうございます。また、おめでとうございます。