
| まず考えたのは、全体の配置をどうするかだった。既存の寮に泊まり込み、あれこれ話を聞いているうちに思ったのは、”共同性”ということだった。学生たちにとって、この寮での二年間が、生涯最後の共同の場となり、卒業後は自営農業者として生きていくことになる。 共同性の濃い配置計画として、中庭・回廊式を採ることにした。原始時代にはじまりヨーロッパの修道院などなど、人類史上これまで広く活用されてきた配置にほかならない。草(芝)、木(カンキツ類)、石(白砂)、花(野菜花)をテーマとした四つの中庭の周りに、延長400メートルの回廊が巡り、200人100室の寮室が囲む。 建物については”熊本の木を使う”、というのが県の最初からの方針であり、設計者側としても望むところ。県内の林産地を回り、杉・桧・赤松・栗の四種を適材適所で使っている。学校敷地内にも桧の立木があり、伐り出し、記念とお守りの意味を込め、玄関に立てて使っている。木材の表面仕上げは、自然素材ならではの非均質性を生かすため、曲面カンナという珍しいカンナを振るい、より凹凸の付くよう、ヒビ割れや節が目立つようにした。 内部は、壁から天井まで、有明海産の貝殻を焼いて作った貝灰(漆喰)を塗り回し、また一部には敷地から掘り出した阿蘇の火山灰土を使っている。木材も漆喰も土も、これすべて阿蘇の恵みなのである。 |
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| 名称 | 熊本県立農業大学校学生寮 |
| 所在地 | 菊池郡合志町栄3803 |
| 主要用途 | 学生寮 |
| 事業主体 | 熊本県 |
| 設計者 | 藤森照信+入江雅昭+柴田真秀+西山英夫 |
| 施工者 | |
| 建築 | 冨坂建設、三和建設、生田工務店、七城建設、日動工務店 |
| 電気 | 日建電設、藤原電工、西日本電工、健栄テック |
| 機械 | 西部管工土木、千代田工業、西山商会、蘇陽施設産業 |
| 敷地面積 | 24,047.22![]() |
| 建築面積 | 4,175.49![]() |
| 延面積 | 5,409.51 (寄宿舎棟5,297.87 、プロパン庫29.81 、ゴミ置場81.83 ) |
| 階数 | 地上2階 |
| 構造 | 木造+鉄筋コンクリート造 |
| 外部仕上 | |
| 屋根 | アルミ亜鉛メッキ鋼板t=0.35立ハゼ葺、一部銅板t=0.35立ハゼ葺 |
| 外壁 | 杉板t=15貼、一部銅板貼及び色モルタル塗 |
| 施工期間 | 1999年7月〜2000年3月 |
| 総工事費 | 1,649百万円 |
| 2001年 | 日本建築学会賞(作品) |
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藤森 照信(ふじもり てるのぶ) | |
| 1946年 | 長野県生まれ | |
| 1971年 | 東北大学工学部建築学科卒業 | |
| 1978年 | 東京大学大学院工学系研究科建築学専門課程修了 | |
| 1996年 | 東京大学教授 | |
| ●主な作品 神長官守矢資料館、たんぽぽハウス、ニラハウス、秋野不矩美術館、一本松ハウス ●受賞歴 1981年 日本都市計画学会賞 1997年 日本芸術大賞 1998年 日本建築学会賞(建築論文) |
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入江 雅昭(いりえ よしあき) | |
| 1957年 | 熊本県生まれ | |
| 1980年 | 熊本大学工学部環境建築工学科卒業 | |
| 1991年 | IGA建築計画設立 | |
| ●主な作品 | ||
| 古閑邸 | ||
| ●受賞歴 | ||
| 1998年 | 第4回くまもとアートポリス推進賞選賞 | |
| 1999年 | 第3回JIA熊本住宅賞選考委員賞 | |
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柴田 真秀(しばた まさひで) | |
| 1958年 | 熊本県生まれ | |
| 1982年 | 法政大学工学部建築学科卒業 | |
| 1992年 | UL設計室設立 | |
| ●主な作品 作品百道の住宅 ●受賞歴 2000年 第4回JIA熊本住宅賞奨励賞 |
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西山 英夫(にしやま ひでお) | |
| 1959年 | 熊本県生まれ | |
| 1982年 | 熊本工業大学建築学科卒業 | |
| 1983年 | 神戸大学工学部環境計画学科研修生修了 | |
| 1991年 | 西山英夫建築環境研究所設立 | |
| ●主な作品 | ||
| COUNTRY SCAPE | ||
| ●受賞歴 | ||
| 1998年 | 第2回JIA熊本住宅賞最優秀賞 | |
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