韓国忠清南道(チュンチョンナムド) について
1 概況
韓国の中心部に位置し、地形は一部を除き平均高度百メートル内外の低山性丘陵地であり道の西側は典型的なリアス式海岸になっています。北は京畿道、東は忠清北道、南は全羅北道と接しています。
b.面積
8,585.82平方キロメートル
(日本の面積の約 0.02倍、熊本県の面積の約 1.2倍)
c.人口
2,000,844人(2006年1月現在)
(大田広域市を除く)
d.道庁所在地
大田広域市(人口1,462,553人)(2006年10月現在)
e.知事
李完九(イ・ワング)
2006年7月就任(任期4年、現在1期目)
f.特記事項
忠清南道は、三国時代、百済の中心地域として栄え、道内の扶餘、公州は百済の都が置かれた場所として有名です。 その後、近世に入り1896年に道制が敷かれ忠清南道となり、1996年に開道 100周年を迎えました。1932年に道庁が公州から現在の大田広域市に(当時は大田市で1989年に直轄市として道から分離、1995年1月から名称が直轄市から広域市に変更。)移りました。
2004年4月には韓国高速鉄道(日本の新幹線に相当)が開通し、忠清南道を起点にほぼ韓国一円が日帰り圏になるとともに、2005年3月には、国の行政機関の大半を忠清南道の燕岐・公州地区に移し、新たに「行政複合中心都市」を建設することが決まるなど、忠清南道は現在、政治や経済、交通の中心地として目覚ましい発展を遂げております。
2007年10月11日から15日にかけて、忠清南道の公州市と扶余郡で、「第53回百済文化祭」が開催され、熊本からも260名もの訪問団が参加しました。 期間中、百済文化の縁の深い熊本県立装飾古墳館と百済歴史文化館が姉妹館の調印をし、今後両県道間で文化交流を深めていくことで合意しました。
2 友好提携の経緯
1979年9月の本県最初の定期国際航路である熊本-ソウル線の開設で、韓国との交流が盛んになり、姉妹提携先として地形、文化、産業などの類似点の多い忠清南道が候補にあがりました。1982年2月県議会総務委員会の訪問等を経て、その後実務的な打合せが重ねられ、1983年1月22日同道使節団を熊本県に迎え姉妹提携の調印が行われました。
3 熊本県と忠清南道の交流実績
本県と忠清南道は距離が近いこともあり、人の往来は大変盛んです。これまで、海外技術研修員の受入れを、農業・地方自治・環境・商工など、幅広い分野で交流活動を行ってきました。現在は、自治体職員協力交流事業として公務員の研修受入を行っています。また県からも語学・行政研修を目的に職員を忠清南道に派遣してきましたが、2005年度からは現地での交流支援業務を目的とした派遣に変更しております。高校生や青少年の相互訪問交流、文化・スポーツ団体の交流など、民間交流も幅広く行われています。2003年9月には、熊本と韓国を結ぶ国際定期便アシアナ航空熊本・ソウル線が就航し、観光をはじめとした相互交流が官民をあげて活発に行われています。
百済文化祭

万里浦海水浴場

百済金銅大香炉(国宝第287号)

忠清南道の位置と地図







