(文字版)熊本古今東西・荒尾・玉名地域編「南関そうめん・小代焼 受け継がれる伝統」
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-文字版-

南関そうめん作業風景
古くから関所の町として知られる南関町。
ここには江戸時代から受け継がれてきた伝統の技があります。
それは、南関町出身の詩人・北原白秋も愛した「そうめん」です。
250年以上の歴史を持つ「南関そうめん」。
明治時代には200軒の製めん所が軒を並べていました。
現在は10軒が昔ながらの製法で作っています。
(質問:南関そうめんの特長は?)
■綾田製麺所・綾田吉夫さんコメント
「こしの強さとのど越しのよさと昔ながらの手作りが基本です。」
「機械で作るそうめんならどこでもありますが、手打ちそうめんは南関だけにしかありません。」
南関そうめんは手打ち・手延べが基本。
特に手打ちそうめんは全国でもほとんどなく、「幻のそうめん」とも呼ばれています。
作業はその日の気温や湿度を見て、生地の配合や塩加減を調整。
引き具合を確認しながら、生地を細く伸ばしていきます。
綾田さんの息子・慎也さんは2年前に家業を継ぐことを決めました。

そうめんの仕込み風景
(質問:なぜ、家業を継ごうと?)
■綾田慎也さんコメント
「伝統的なものを残していきたかった。この南関そうめんというのを…。」
(質問:家業を継ぐと言われた時?)
■綾田製麺所・綾田吉夫さんコメント
「泣きはしなかったけど、涙が出るくらい(うれしかった)」
「わたしの方から言ったわけじゃない。息子の方から『家を継ぎたい』と言ってきたので、余計にうれしい」
仕上げは天日で乾燥させながら伸ばす作業。
3メートルの長さまで伸ばしていきます。
真っ白で、糸のように細く、しなやかなその姿は、昔から変わらない製法だからこそ生まれるものなのです。

伸ばし作業風景
(質問:どんな職人になってほしい?)
■綾田製麺所・綾田吉夫さんコメント
「手を抜かないことですね」
「毎日毎日きちんと自分の技術を生かしてやってほしい」
(質問:職人としての目標は?)
■綾田慎也さんコメント
「伝統を受け継ぎつつ、食べてもらったお客さんに『おいしい』と言ってもらえるそうめんを作っていきたい。」
父から子へ伝えられる職人の技。
南関そうめんの歴史は、続きます。
もう一つの受け継がれる伝統の技。
400年にわたって焼き続けられている小代焼です。

素朴さの中にも、深い美しさがある小代焼は、国の伝統的工芸品にも指定されています。
現在、荒尾・玉名地域を中心に12の窯元がありますが、ここ南関町には、50年の時を経て、歴史ある窯を復興させた人がいます。
野田義昭さんです。
(質問:なぜ、窯を復興しようと?)
■陶芸家・野田義昭さんコメント
「せっかく先祖が焼いていたので、それをまた『現代によみがえらせてみたいな』という思いで始めました。」
野田さんの先祖は150年前、この地で「登り窯」を開きました。
その後、代々継承されてきましたが、昭和12年、戦争を機に窯を閉じることになりました。
野田さんは再び窯を開き、先祖が残した文献や史料をひも解きながら、6代目として当時の作風に挑んでいます。

南関町指定文化財
小代焼野田窯跡
(質問:昔の作品を見て?)
■陶芸家・野田義昭さんコメント
「昔使われていた小代焼には『力強さ』があり、そこが魅力です。」
「自分には出せないけど、そういうところを(いつか)出してみたいと思っています。」
素朴でダイナミックな作風が魅力の小代焼。
中でもうわぐすりを自由奔放に掛ける「流し掛け」と呼ばれる技法は、味わい深い美しさを生み出します。
先人たちが作り上げてきた技と美。
窯の復興は文化をつなぐ挑戦でもあると野田さんは語ります。

小代 松風焼 野田窯
(質問:小代焼への思いは?)
■陶芸家・野田義昭さんコメント
「熊本の小代焼を途絶えさせないように次の世代につなげていく。」
「小代焼をやっている方はみんなそんな思いでされていると思います。」
未来へ残す、ふるさとの匠(たくみ)。
南関そうめん、小代焼、受け継がれる二つの伝統文化です。
※「南関そうめん」のお問い合わせ先
電話0968-53-2290・南関 関そうめん組合・綾田製麺所
※「小代焼」のお問い合わせ先
電話0968-63-1421・小代焼窯元の会事務局
電話0968-53-1531・小代 松風焼 野田窯