高麗門跡(こうらいもんあと) 熊本市
更新日:2012年2月3日

所在地
熊本市新町4丁目
利用案内
駐車場・トイレ なし
解説
高麗門は加藤清正が熊本城築城のときに、花岡山方面からの敵を防ぐために設けた29門の1つで、新町の西、城下との境に位置します。門は櫓門で、工作は高瀬の大工頭領の善蔵があたったといいます。門前には合戦時に軍勢を集結させる勢溜(せいだまり)とよばれる広場が設けられ、また門の横には辻番所が設けられていました。
熊本城を守る西の要の門でしたが、明治5年(1872年)、薩摩出身の鎮台司令官・桐野利明が高麗門、新三丁目門、古城堀端などを次々と壊し、洗馬橋から法華坂までの西の部分を変えてしまったといわれ、現在は礎石しか残っていません。
また、江戸時代は門の横に堀がありましたが、明治24年(1891年)に九州鉄道敷設のため埋め立てられました。堀の内と外では標高が違っていて、城下に水害が及ばないよう工夫されていたといわれています。






