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地域発 ふるさとの自然と文化

河俣阿蘇神社(かわまたあそじんじゃ) 八代市

更新日:2010年2月20日

河俣阿蘇神社

所在地

 八代市東陽町河俣

解説

火の国のルーツ伝説          

 熊本のことを昔から火の国と呼び慣わしてきました。なぜ火の国と呼ばれるようになったか、そのいわれを説く、いくつかの神話が残されています。例えば「日本書紀」には次のような神話が載せられています。景行天皇が熊襲を平定するため九州にやってきたとき、夜、八代海で遠くに不思議な光火を見かけたことから火の国の名が付いたというものです。

 また、全く違う神話が「肥後国風土記」逸文や「肥前国風土記」に伝えられています。崇神天皇の頃、益城郡の朝来名峰で土蜘蛛の首魁、打猴・頸猴が180人余りを率いて天皇に背いたので、天皇は健緒組に命じてこれを討たせました。これを討ち平らげた健緒組が八代郡の白髪山に着いたとき、夕暮れ空に火が燃え上がるのを見て、驚いて天皇に報告したところ、天皇は健緒組の功をほめ、火の下る国であるからこの国を火の国と名付け、健緒組は火の君の姓を賜ったというものです。

 さて、東陽村の河俣には次のような言い伝えがあります。健緒組が見た白髪岳から奇火が降りたのが河俣村で、後に火の君や阿蘇の君の子孫が久木野に火の君の祖先を、谷川に阿蘇の君の祖先を祀るようになったというものです。

 この事が起こりになって創建されたのが河俣阿蘇神社ですが、源平以降、戦国時代には、戦乱の影響で被害を受けました。しかし、その後、名和、相良、加藤、細川各家より、領地の寄進を受けたことが今にも伝えられています。

  現在はきれいに改修され、神殿と拝殿があります。駐車場もあります。 

  拝殿(はいでん)の天井には、昔の出来事の絵が描かれています。また、神殿には彫刻や三十六歌仙を描いた絵もあります。また、熊本県には六ヶ所しかないといわれている狛犬などもあります。

 今でも氏子たちの神社に対する崇敬(すいけい)の念は大きいものがあります。現在、境内には河俣保育園があり、園庭には土俵があります。10月18日に、稚児舞と河俣小学校の児童による奉納相撲があります。氏子たちもその日は神社に集まり、稚児舞や相撲を見て、夕方からはそれぞれの家庭で親戚や知人を呼び、お酒を飲んだりご馳走を食べたりします。

参考文献

 熊本県教育会 『八代郡史』 臨川書店 1927(1986復刻)

地図

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