延慶寺の兜梅(えんけいじのかぶとうめ) 天草市

所在地
天草市浜崎町9-32
利用案内
駐車場 祝祭日は25台、大型バス2台
トイレ あり
解説
花は咲けど、実はならない兜(かぶと)梅
○延慶寺(えんけいじ)の兜梅

旧本渡市の天草殉教公園を北の方に下り浜崎町に出ると「延慶寺」というお寺があります。そのお寺の入り口から左の方へ境内を回り北側の庭(苔生園)に出ると、臥龍梅(がりゅうばい)とも称される、高さ約3m、樹齢約500年の白梅の老木が、東西11m、南北6mのコケに覆われた庭に横たわっています。この白梅の古木が「兜(かぶと)梅」と言われています。見学は、無料です。
○兜梅の言い伝え
天正17年(1589)の天草合戦のとき、天草五人衆の一人、天草種元は、小西行長・加藤清正の連合軍に攻め込まれ、本戸城は正に落城寸前となっていました。そこで、城の中の女性達が男に変装し騎馬武者を結成し連合軍に反撃を始めました。ところが、一隊を率いていた木山弾正の妻、お京の方の兜がこの梅の木にひっかかり脱げてしまい女性であることが敵に知られてしまいました。このため連合軍は勢いづき、騎馬隊は全滅しました。お京の方は、息絶える寸前に、敗北の無念を「永代、花は咲けども実はならせないぞ」と、この梅に恨みを残したと言われています。そういうことで、この梅は「兜梅」と呼ばれるようになり、現在でも、その恨みの通り、花は咲いても実はならない梅の木なのです。
<樹齢500年の計算方法>
お京の方は、馬に乗ったままで兜を梅の木にひっかけてしまいました。馬と人の高さから梅の木の高さは、およそ3m程あったのではないかと予想されます。普通、梅の木の高さが3mになるのに100年くらいかかるそうで、戦いが今から約400年前、その100年を加え樹齢500年という数字が出てきたそうです。梅は、樹齢200~300年の古木はあちらこちらに見られるそうですが、500年におよぶものは、珍しいと言われています。
○花が咲いても、実がならない理由
植物は花を咲かせるとおしべにできた花粉がめしべの先端の柱頭に受粉します。その後、めしべは成長していきめしべの中の胚珠(はいしゅ)が種子に、めしべの根元のふくらんだ子房が果実(実)になります。かぶと梅も毎年2月10日頃に見事な花が満開になります。(2006年は、寒さのため開花が遅れ、2月24日に満開となった。)めしべもおしべも花びらもきちんとあるのに、実はならないそうです。

しかし、植物の中には花を咲かせても実をつけないことは、まれではありません。柿には実が多くなる年とあまりつかない裏年があります。梅や桃にもそんな木はあるそうです。花を咲かせ実と種子をつくってなかまをふやす方法(有性生殖)以外にも、竹のように地下茎を広げ、群落をふやしていく植物も多くあります。このかぶと梅も1本の梅の木からスタートしていますが、皮目から生えた根が数カ所に根付き何本かの梅の木が立っているようにも見えるのです。
植物が実をつけ種子をつくるはたらきには、たくさんのエネルギーが必要です。かぶと梅は、長年実をつけてこなかったことで、逆に寿命を長く保つことができたのではないかと考えられているそうです。竹林が枯れる前に、花を咲かせるということを聞いたことがありますか?もしかすれば、このかぶと梅が実をつける年は、この木の寿命の年なのかもしれません。
司馬遼太郎に「ともかくもこういう梅の木も花も見たことがなく、おそらく今後も見ることがないのではないかと思われた。」と言わしめた梅の木である。
参考文献
延慶寺の説明板
司馬遼太郎『街道をゆく』 週刊朝日 1980
周辺情報
近くには、天草殉教公園(キリシタン館)、妙徳寺、ルルドの洞窟(本渡カトリック教会)、祇園橋(石橋)等があります。






