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永国寺(えいこくじ) 人吉市

永国寺

所在地

     人吉市土手町

利用案内

     駐車場   4~5台
     トイレ    あり

解説

  由緒ある永国寺と幽霊

■永国寺の歴史

    永国寺は人吉市にある幽霊が出たことで有名なお寺です。大本山総持寺御直末、肥後三十三観音第九番札所であり、本尊は釈迦三尊にして、曹洞宗蓬莱(ほうらい)山永国寺といいます。このお寺ができたのは大変古く、応永17(1410)年に(注1)、相良前続(さがら さきつぐ:相良氏第九代)が七地(人吉市)にあった東照山清明院を当地に移し、実底超真(じっていちょうしん、人吉市出身)を招いて開基としました。
    現在のご住職、紫安達純大和尚は40代目の住職になり、戦国時代の住職は相良氏の使僧として活躍しました(注2)。

■永国寺と幽霊

    このお寺には実底和尚が描かれたと言われる幽霊の掛け軸が残され、本堂の裏には幽霊が出たという古池があります。その由来についてお話ししましょう。

    お寺が建てられた当初、近くの木上村という所に知名の士がおり、妾を囲っていたのですが、本妻の嫉妬による仕打ちで、球磨川に身を投げて非業の死を遂げました。しかし、その恨みは深く、彼女は幽霊となって本妻を苦しめ続けます。そこで実底和尚が幽霊の姿を絵を描いたところ、成仏できずにいた幽霊は自分の姿に驚き、和尚の導きによってようやく成仏し、それからは現れなくなったということです。本堂裏の幽霊がでたという池は湧水池で、春にはツツジ・海棠(かいどう)、夏にはすいれん等が咲き乱れ、四季折々の変化を楽しむことができます。昭和47(1972)年からは、毎年8月の第1土曜日に「幽霊祭り」が行われています。

■永国寺と西南戦争

    永国寺は、明治10(1877)年に起きた西南の役の際、熊本から退却した薩軍の本陣となりました。5月30日に村山台地(人吉駅の北側)を占拠した官軍は、人吉城下を激しく攻撃します。人吉付近は大激戦地となり、この兵火によって寺院および幽霊の掛け軸以外の寺宝はことごとく燃えてしまったということです。明治24(1893)年になって現在の本堂が再建されました。

    近年、門が改築されました。昔の様式を取り入れた仁王門という建物です。門の両脇には身の丈2mもある木彫りの仁王像がにらみをきかしています。

(注1)永国寺の創建年代については、応永15年説もあります。(注2)「日本歴史地名大系44 熊本県の地名」

参考文献

   『日本歴史地名大系44 熊本県の地名』 平凡社 1985
   『熊本県大百科事典』 熊本日日新聞社 1982
   人吉市史編さん協議会 『人吉市史 第一巻』人吉市教育委員会 1981

周辺情報

    永国寺は相良氏との縁が深いお寺です。市内の人吉城跡や願成寺など相良氏ゆかりの地を訪れてみませんか。また永国寺の近くには、人吉城にあった堀合門と武家屋敷があります。

地図

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