熊本県
ホーム  >  組織から探す  >  企画振興部  >  博物館ネットワークセンター  >  神風連資料館・桜山神社(しんぷうれんしりょうかん・さくらやまじんじゃ) 熊本市

神風連資料館・桜山神社(しんぷうれんしりょうかん・さくらやまじんじゃ) 熊本市

一二三士と林桜園の墓 

所在地

   熊本市黒髪5丁目

利用案内

   駐車場   神風連資料館 約5台
   トイレ    あり

解説

   神風連資料館は、桜山神社の境内にあります。この資料館には、「神風連の乱」や、彼らの思想を支えた林桜園(はやし おうえん)の遺品など500点余りを中心に年表、図表、劇画が展示されています。

   神風連の志士たちの根本思想は、林桜園によって説かれた「神事は本なり、人事は末なり」(神道をもって、国政人事を行っていこう)の敬神尊攘を信条とするものでありました。その思想は大田黒伴雄(おおたぐろ ともお)や賀屋霽堅(かや はるかた)らに受継がれました。

   彼等の目には、明治新政府の急激な欧米の文化と政策が、2000年来続く国風を変化させるのは、わが国滅亡につながると映っていたのでしょう。

   ついに明治9年(1876年)、廃刀令が出るにおよんで林桜園の教義に基づき神に伺いをたてて、挙兵しました。彼らは鎮台を攻め、要人を襲いましたが、近代的な兵器を持つ鎮台の前では長く続かず、一夜にして鎮圧され敗れました。その多くは戦死、また生き残った者も自害して果てました。

   ※大正には烈士らの忠魂が認められ、賊名が除かれました。贈位もなり、桜山神社・護国神社に祀られています。

   拝殿の西側には、神風連123士の墓碑と、林桜園の墓があります。整然と並んだ敷地に足を踏み入れてみると、右側に神風連の乱に参加した小篠四兄弟の末弟で、18歳で割腹自殺した源三の死を悲しみ、食もとらずについに餓死した「とら」の義犬の墓や神風連の参謀であった阿部景器(かげき)の最後を見届け、その後自決した景器の妻、阿部以幾子の墓もあります。

   林桜園の墓は神風連の墓碑が並ぶ一番奥の正面にあります。初めからここにあったものでなく、もとは山崎町元養院跡の墓地にありましたが、区画整理にともない現在地に移葬されました。その左側には、林桜園の原道館に学び、敬神尊攘を信条とし、京都・長州などで大いに武名をあげた、河上彦斎(げんさい)の仮墓があります。

周辺情報

   近くの観光施設、みどころなど:一里木跡

地図

このページに関する
お問い合わせは
企画振興部 博物館ネットワークセンター
電話:0964-34-3301
ファックス:0964-34-3302
(ID:8055)
アドビリーダーダウンロードボタン
新しいウィンドウで表示
※資料としてPDFファイルが添付されている場合は、Adobe Acrobat(R)が必要です。
PDF書類をご覧になる場合は、Adobe Readerが必要です。正しく表示されない場合、最新バージョンをご利用ください。
熊本県庁   〒862-8570  熊本県熊本市中央区水前寺6丁目18番1号   Tel:096-383-1111(代表)
Copyright(C)2015 Kumamoto Prefectural Government. All rights reserved.