熊本県

宮本武蔵ゆかり

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武蔵が熊本を訪れたのは57才の時で、3代忠利に客分として十七人抉持三百石で仕えています。以後約5年間の晩年を熊本で過ごし、「五輪書」「独行道」「兵法三十五ヶ条」を著した他、水墨画、書画、彫刻などもすぐれた作品を残しています。

項目:住居と井戸 武蔵と丸目蔵人 引導石 武蔵塚 武蔵塚公園 霊巌洞 二天一流 島田美術館 武蔵資料館

住居と井戸

熊本市

忠利候から客分として迎えられた武蔵は、千葉城跡の一角に屋敷を与えられました。現在NHK熊本放送局前にある井戸は、武蔵が使用していたものと伝えられており、この一帯がかつての武蔵の家があった場所と考えられています。

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武蔵と丸目蔵人(まるめくらんど)

熊本にゆかりの剣豪といえば武蔵と蔵人の2人。生まれは蔵人の方が約40年早く、武蔵が熊本を訪れる約10年前に没しているのでこの2人が剣を交わしたかどうかは、今は知る術もありません。しかし、両人とも当時は天下に名を知られた強者。意外にライバルとしてお互いに剣を磨いていたのかもしれません。

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引導石(いんどうせき)

熊本市

武蔵の葬儀のとき、特に武蔵と親交の深かった泰勝寺の春山和尚が引導を渡すと、一天にわかにかき曇り、すさまじい雷が一発響きわたったといわれています。そこは熊本大学から泰勝寺へ向かう道の途中で、武蔵の柩を置いたといわれる巨石が今も残っています。

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武蔵塚

熊本市

細川藩候の参勤交代の無事を祈るため、遺言により、甲胄具足に身を固め、両刀を抱き、立姿で葬られていると伝えられる墓で、墓碑には「新免武蔵居士石塔」と刻まれています。「東の武蔵塚」と言われているところです。

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武蔵塚公園

熊本市

武蔵塚の周辺は公園としての整備が進み、武家屋敷風の白壁に囲まれた園内に、日本庭園、水の広場、茶室などが設けられています。

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霊巌洞(れいがんどう)

熊本市

武蔵が晩年「五輪書」を著した岩洞で、石体四面の観音像が祀られ一般には岩戸観音(いわとかんのん)と呼ばれています。現在では、雲巌禅寺(うんがんぜんじ)の奥の院となっていますが、岩戸観音の歴史は古く、謡曲「檜垣(ひがき)」によって、中央まで広く知られていました。
現在はみかん畑に囲まれて有明海を見下ろす景勝地で、山の斜面に並べられた五百羅漢と共に訪れる人も多くなっています。

霊巌洞の写真  雲巌禅寺の五百羅漢の写真

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二天一流(にてんいちりゅう)

寛永20年(1643)10月、武蔵が創始した剣法で、両手を自在に使いこなす片手剣法が特徴で、二刀を同時に使う二刀流ではありません。また相手と剣を交える以前に気力で相手を制圧することを重要とし、気の剣道という性格が強くなっています。

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島田美術館(しまだびじゅつかん)

熊本市

故島田真富氏が収集した中世から近世までの書画、武器、武具、調度などの工芸品700余点を展示する私立の美術館で、特に武蔵関連の収穫で知られています。

島田美術館の写真

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